「なあ、なまえも行くだろ?」
「え?」
まるで私も、話しの輪の中に居たかのように唐突に声を掛けてきたのは、同期の藤堂くん。
「聞いてなかったのか?飲み会!土方さんちでさ」
きらきらとしたその瞳で向かいのデスクから身を乗り出して無邪気に笑う。
「あ・・・えっと」
はじまりの日
『大丈夫か?』
体調の悪かった私にいち早く気付いて、家まで送ってくれた土方さん。
玄関で別れた数分後、ベッドの上でうとうとしていた私の携帯が彼からのメールを知らせた。
“少しでも、なんか腹に入れとけ”
彼のメールの指示に従い玄関を開けると、ガサリとビニールの音がする。
「土方さん・・・」
行き慣れたスーパーの袋を見て、彼があのレジに並んでいたのかと思わず頬が緩んでしまう。
いつも厳しく接する彼の優しさに触れて、一瞬で好きになってしまった。
「みょうじ、無理しなくて良いからな」
藤堂くんの後ろから聞こえた土方さんの声。背中を向けたまま、デスクの上を片づけていた。
私は、行かない方が良いの・・・?
「えー?大勢の方が楽しいじゃん!な?決まり!」
「あ、あの・・・」
強引な彼の誘いを断り切れず、否、断りたい訳では無かったけれど、土方さんの冷たい言葉に少しだけ、何か引っかかっている。
お邪魔しますと、がやがやと訪れた土方さんの家はとてもシンプルで、片付いていた。
キッチンも、洗面台も、女の子の気配がしなかったのは、彼が独り身と思って良いだろうか。
べろべろに酔っ払った藤堂くん達はフローリングで雑魚寝。
「ったく」
やれやれと、見慣れているらしいその様を見ながらため息をついた土方さん。
すっかりぬるくなってしまったビールのグラスを両手で包みながら、その彼の表情に笑ってしまった。
L字ソファの端と端。
「・・・いつも、こうなんですか?」
「あ?」
ほんの少しだけ飲んだらしい土方さんの染まった頬。
聞き返された私の質問は、別にどうでも良かったけれど。
「いびきがうるさくて聞こえねえ」
二人だけ起きているというこの沈黙の空間に、彼が居心地が悪くなっていやしないかと話しかけただけで。
苦笑いをこぼしてそう言った土方さんが、ソファに背を預けて、その長い脚を組むと、鬱陶しそうに前髪をさらりとかきあげ言った。
「もっとこっちに来いよ」
どき どき、どき。
一度跳ねた鼓動は、治まる事を知らないみたいで、一気に血が上る。
背もたれに掛けられた腕と、私の方を向いた身体。彼に包まれるように、隣に座った。
「飲みすぎか?顔、赤いな」
「・・・・・・そ・・・そうでしょうか」
視線を、逸らす事しか出来なくて。
「それとも、あれか。・・・俺のせいか?」
「・・・なっ・・・・・・!?」
お前を家に呼ぶ時は、二人きりが良かったんだと、ほんのりと色づいた頬を逸らした。
ふらふらの状態のお前を前に、我慢するのも大変だったんだからな。と。
感じた温もりは、頬に触れた掌だけじゃなくて。
私に、好きだと告げた彼の言葉。
それから、どちらからともなく、重ねた唇。
END
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