―――わたし、としくんとけっこんする!
目が覚めれば、見慣れた天井と布団の匂い。
ごろ、と寝返りを打ち、視界に入るのは、昨日限界を迎えて投げ出した机の上の参考書達。
「・・・・・・変な夢見た。最悪」
そういえば今日は日曜だった、思い出してもう一度布団を被り目を閉じた。
先ほど私が“けっこんする”と言った相手の“としくん”とは、隣の家の歳三君だ。
6歳上の彼は既に社会人、大学の頃から一人暮らしを始めていて、もう隣の家には居ない。
時々実家に顔を出しに帰っては来ているけれど、会えないことが多い―――否、会わないことが多い。
会いたくないのだ。私が。
だって、会ったって、まともに顔を合わせて話すことができない。
恥ずかしいのとムカつくのと、両方。
なんでも器用にこなしてしまって、仕事でもかなり成果を上げているとかいないとか。
『歳くんはあんなにすごいのにね〜』
とイヤミたらしく母親に言われることがある。もちろんわざと言っていることくらいわかるけれど、私も突っかかってしまう。
『平凡に産んだのはどこの誰よ』
彼が実家を出たとき、私は中学生で。
いってらっしゃいなんて送り出した内心、行かないでって思ってた。
そんな私のことをお見通しだったんだと思う。
『たまに帰ってくるからな。大人しく待ってろ』
そう言って、私の頭を撫でると、彼は笑った。
それが本当に嬉しくて、うん、なんて言ったものの。
1年と経たず、年末に帰ってきた彼に会って、今までどうしていたのかわからなくなってしまった。
あんなに話してたのに、あんなに触ってたのに。
どの位置で、どの距離で、彼のそばにいたのかがわからなくなってた。
心臓がバクバクして、手が震えて、声が上擦ってしまって。
隣の“歳くん”が、急に“好きな人”になった。
それなのに。
『寂しかったか?』
なんて聞いてくる彼に、ぶっきらぼうに『別に』と答えてしまう。
性格の悪い自分に、後悔してた。
甘え方が、わからない。
知ってるんだ、自分の頭の中が彼でいっぱいなことくらい。
だから昨日だって、捗らない受験勉強を放棄して眠ってしまって。
二度寝していた私は、差し込む光の眩しさに目を開けた。
カーテンなんて開けた記憶ないのに、お母さんかな・・・・・・と、再び寝返りを打てば。
「・・・・・・っ!?」
さっき起きた時に見た机の上の参考書達は、既にそれを必要としない彼の手で、めくられていた。
「・・・な、ななっ、何!?何で居るの!?ていうか勝手に入ってこないでよ!」
私は慌てて体を起こし、彼と距離を取ろうと壁に背中をぴたりとつけて、手繰り寄せた布団で顔を半分隠した。
こんな寝起きの顔なんて見られたくないのに。
「・・・ん、ああ、悪ぃ」
そう言ってぱたりと参考書を閉じた彼が、ベッドに腰掛けた。
「だ、だからっ、勝手に座らないでってば!」
「なんだよ、お前寝起きそんなに悪かったか?」
「・・・だ、誰のせいだと思ってんの!?」
いつぶりだろう、彼が私の部屋に入ってきたのなんて。
いつぶりだろう、二人きりで、話をするのなんて。
「・・・俺か?」
「当たり前でしょ!?」
すっと、机の上の参考書に視線を戻した彼が、つぶやくように言った。
「なあ、勉強どうだ」
「ちょっ、話逸らさないでよ」
「どうだって聞いてんだよ」
まず、どうしてここにいるのかという私の質問に答えてないくせに。そう心の中で悪態をついた。
本当は口喧嘩だってしたくもないし、別に彼のことを怒りたいわけでもない。
「・・・・・・まあまあじゃない?」
「まあまあ?」
「よくもなくわるくもなく。別にいいでしょ、私のことなんて・・・・・・」
そして、急に振り向いた彼は、私が手繰り寄せた布団をくい、と引っ張り、隠しきれなくなった私の顔を見て言った。
「家庭教師、やってやろうか?」
「・・・・・・は!?い、忙しい人が何言ってんの、一人でできるし、勉強くらい」
「へぇ?」
「ほっといてってば。ってか、何で帰って来てるわけ?」
「会いに来た」
そのセリフに一瞬どきりとして、動けなくなった。けれど。
・・・違う、きっと私にじゃない。
「・・・両親に?へー、意外と子供・・・」
「馬鹿野郎、お前にだろ」
私の言葉を遮って、真剣な眼差しでそう言った。
えっと、一体何が起こっているんだろうか。
「いつまで待たせんだ?」
「な、何の話!?」
「俺と、結婚するって言ってただろ」
ニヤリ、と口角を上げて笑った、覚えてんだろ、っていう自信満々なその顔が、ムカつく。
「そんな子供の頃の話っ!!今更なに言ってんの!?」
「ムキになるってこたぁ、どうでも良くはねぇよなぁ?」
「ば、馬鹿にしないでっ、私だってもう子供じゃないの・・・・・・っ」
とっていたはずの距離が、意味なんてなくなってた。
私の隣にやってきた彼は、嬉しそうに笑って言うんだ。
「高校生なんざ、大人でもねぇがな?」
「う、うるさいな、出てけ馬鹿!」
彼の肩を思いっきり押してみたものの、びくともしない。
久しぶりに、彼に触れた。
すっかり大人になってしまった彼に、余計ドキドキしてる。
「聞けねぇなあ。いい加減、素直になりやがれ。ほら、」
好きだって言えよ
「だっ・・・誰があんたなんかっ!!」
「じゃあ、お前の好きな奴って、誰だよ」
隣で腕組みをした彼が、やれやれとため息をこぼした。
「・・・・・・わ、わたしより、背が高くて、年上で、意地悪で、目つきが悪くて、おまけに口も悪くて」
彼は全部お見通しなんだ。
私を見下ろすその瞳と。
私の頬に触れたその手のひらと。
「お節介で、そのくせ優しくして欲しい時は全然だし。でも、私のこと誰よりも分かってて、」
そのままするりと、顎に降りてきたその指で引き寄せて、唇を、奪う。
そんなにうっとりするようなキスをされてしまっては、しょうがない。
素直になってあげてもいいよ。
「・・・ねえ、好き」
END
2014.09.15〜11.20
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