「乗れよ」
「・・・・・・く、車、なんですね」
「酒は強くねえんだ。元々飲むつもりで来たわけでもねえし」
意外。
日本酒も焼酎も、なんならウィスキーとかもなんでもいけそうって顔してるのに・・・。
助手席に座って、隣の彼を見上げてなんだかこのおかしな状況にはたと気づいた。
初対面の男の人の車に乗り込んでいる自分。
こんなの、今までなら考えられなかった。
言葉だって一言二言しかまだ交わしていないのに。
「・・・・・・ふふ」
「どうした?」
「いえ、あの・・・なんか、おかしくって・・・・・・っく・・・あはは」
「変な奴だな」
そう言いながら、ハンドルにもたれかかり私を眺めている彼も、しょうがないな、なんて顔して笑ってた。
「えっと・・・・・・土方さん、でしたっけ」
「ああ」
「ありがとうございます」
エンジンと、エアコンの音。
「家、どっちだ?」
カチカチ、と私の家の方向をさしたウィンカーの音。
「・・・私を連れ出してくれて」
車に乗るのだって久しぶりだ。
なんとなく、非日常的な今日に、夢見心地でいるのかもしれない。
こうして言葉を紡げるのは、きっと彼とはこのあと1時間もせずにさよならをするってわかっているから。
「なんなら、このままお前を攫うことも出来るが、どうする?」
「・・・え」
「よく知らねぇ男の車にこんなに簡単に乗りやがって」
少しだけ、表情が硬くなった彼を見て、一瞬不安になったけれど。
「・・・・・・土方さんは、そういう男の人じゃないと思います」
「何を根拠に・・・」
「なんとなくです」
「ははっ・・・叶わねえな」
可笑しそうに声をあげて笑った彼の横顔は、やっぱりそういうつもりなんて最初からなかったんだって言ってる気がする。
カーナビをチラリと見ながら、自分の家と近そうだと笑っていた。
「・・・・・・仕事終わったばっかで腹減ってんだ、連れ出してやった礼に、メシくらい付き合え」
「えっ・・・!?」
「コート、そこのハンガー使っていいからな」
「は、はあ・・・・・・」
私は、初対面の男の人の家にまで上がり込んでしまった。
黒を基調としたインテリア。
少し散らかっているローテーブルにはおそらく仕事の資料が広がったまま。
「・・・みょうじ、酒のほうが良いのか?」
「あ、あの、お構いなくっ」
「緊張してんだろ」
「・・・・・・えっと、その・・・す・・・すこし・・・」
「手出すつもりはねえから安心しろ。お前は、笑ってるほうが可愛い」
可愛いと言いながら、手を出さないとは、どういうことなんだろうかと思いながら、彼と買った食材を取り出して、私は晩ご飯―――といっても時間的に夜食―――の準備を始めた。
トントントン、と食材を切りながら、私はカウンターキッチンからリビングで資料を片付けている彼に話しかけた。
「土方さん・・・原田さんって、どんな人ですか?」
「・・・惚れたか?」
「ち、違います!一緒に行った同僚が、原田さんを好きになりそうだなって思って、いい人だと、良いなって」
「悪いやつじゃないのは確かだ。ああ見えて、結構真面目なんだ、あいつは」
「・・・・・・」
良かった、と思いつつも、なんだか好きになりかけていた私もちょっぴり苦しくなった。
「やっぱり惚れたんだろ」
目の前から聞こえた声に、手元から顔を上げると、いつの間にか、彼がカウンターから顔をのぞかせていた。
「・・・・・・そう、上手いことばかりではないですから」
否定をするのはやめた。彼に嘘をつく理由もないし。それに、ご飯を作り終えたら私はもう土方さんと二度と会うことはないのだ。
トントントン。
いつの間にか、子供の頃に憧れた母のように包丁を扱えるようになっていた。
そのリズムが心地よいし、料理をしているときはあまりほかのことを考えなくていいから好きだ。
けれど、どうしても、別れ際の原田さんの顔が忘れられなくて、ぼんやりと頭を過ぎる。
「っ、た・・・」
「みょうじ・・・何やってんだよ」
「へ、平気です、こんな・・・・・・」
カウンターの中に回り込んできた彼が、私の指から流れる血を止めようとしたらしく、ぺろりとそれを舌で拭った。
「ひ・・・土方さんっ・・・あ、ああ、あのっ・・・ちょっ・・・」
私の、左手の人差し指、包丁でスパッと切れた第二関節からはドクドクと血が溢れる。
夢中になってそれを舐めとる彼を、なんだか止めることができなくて、その表情にドキドキしてしまう自分。
「も、もう・・・大丈夫です、から・・・あの」
「・・・・・・余計なこと、考えてるからだ」
「え?」
「お前が今いるのは、俺の家で、お前が作ってるのは俺のメシで、お前が・・・」
「わ、っ!?」
「お前がいるのは、俺の腕の中。ほかの奴のことなんて、考えてんじゃねえよ」
やっぱり私は、まだ夢の中にいるみたい。
土方さんに抱きしめられているこの状況に、頭がついていかない。
嫉妬しているような彼のセリフに、ドキドキして。
「あの・・・」
「お前が・・・車に乗ったとたん、可愛い顔して笑いやがるから・・・・・・惚れちまっただろうが」
「は、はいっ!?」
私をリビングのソファに座らせて、切れた指を器用に消毒すると絆創膏を貼ってくれた。
その指を優しく包み込んだ彼が顔を上げるともちろん目が合ってしまって。
近づいてくる彼を、避けることができなかった。
「んっ・・・・・」
キスなんて、何年ぶりだろう。
ほんの少しする血の味は、私のだ。
「・・・ん・・・」
それでも、嫌じゃない。
受け入れてしまっている私。
こんなにドキドキするのは、久しぶりのキスになのか、彼がくれるキスになのか。
「すまねえ・・・・・・約束が、違うな」
慌てて顔をそらした彼が、真っ赤なのがわかる。
「お前、もう帰れ」
私のカバンとコートを持って、玄関へと背中を押した。
どうしてか、さびしいって思ってる。
それでも、靴を履くしかなくて。
コートを羽織って玄関を出た。
目を合わせてくれない彼が「じゃあな」と扉を閉めると、ガチャリ、鍵をかける音がやけに耳に残った。
帰りたく、ない?
ヒールの音がマンションの廊下に響く。
私―――
もう一度あなたに会いたい
「なんで戻ってきやがった」
「・・・晩ご飯、途中です」
「馬鹿野郎」
「・・・一緒に、ご飯食べてもいいですか?」
「・・・お前がそうしたいなら、勝手にしろ」
「はい!」
END
prev next
back