「あああーーー、リアルにやばいかもしれないっ!」

終わったばかりのテストの結果を想像して、頭を抱え机に突っ伏していると、上から降ってきた声が私を嘲笑った。

「馬鹿じゃないの?」

そんな冷たい、心無いセリフを吐く人を、私は一人しか知らない。

「うっさい総司。黙れ、上の下の癖に」

授業中、教科書に落書きしたりとか、居眠りしてたりとか、漫画読んでたりとか、決して真面目とは言えないむしろその反対の癖に、どうしてか成績は上の下。

「それ、褒めてるの?けなしてるの?僕の場合、本気出してないだけなんだけどな」

私の前の席に座り、頬杖をついてニヤニヤと余裕の顔で笑う総司の笑顔にむかむかする。

「・・・・・・ばっ・・・・・・」

「なに」

「ば、・・・馬鹿って言いたいのに言えないのが悔しい・・・!!」

右手の握りこぶしを机に数回たたきつけても、むかむかは解消なんてされるわけない。

「あはは。なまえちゃんのそういうところ嫌いじゃないよ」



・・・だって、馬鹿なのは私なんだ。



最後のテストだったのに。




ファイナルダーリン






「最後の最後まで、お前の成績を心配しっぱなしだったなあ」

そう溜め息交じりで苦笑いをこぼしたのは、私の愛しい原田先生。

先程離任式を終えた先生を、中庭に呼び出した。

「私は先生の薬指をずっと心配してたけど」

「はあ?」

何の事か分からないと、間の抜けた顔をして見せた彼の、それが演技の様にも見えて。

「先生は女心をくすぐるの、得意だもんね」

「ん?そうかぁ?」

中庭の、この季節にはただの水たまりと化している噴水のフチに二人腰かけて、原田先生はすらりと長いその足をわずらわしそうに組んでいた。

「・・・まあ、あれだ。今回は赤点どころか、平均点取れてよかったじゃねえか」

黙り込んでしまった私の言葉を少し待ってくれたものの、それでも俯いたまま口を開かない私に気まずさを感じたのか、先生が話を切り出した。

「・・・・・・でも、先生にせっかく見てもらったのに」

万年赤点すれすれ時々ドボンの私は、3年生の数学を担当している原田先生に無理を言って、放課後特別授業を受けていた。





「さっきの応用だろうが」

「わ、わかんない・・・」

「はあああ・・・」

深い深いため息をついた先生に、「ごめんなさい」と言うしかなくて。

放課後の、誰も居ない視聴覚室。

真黒の遮光カーテンが、風にさらりと揺れて、眩しかった夕日を遮った。

「分かるまで教えてやるから、そんな泣きそうな顔、すんなって」

くしゃりと私の頭を撫でたのは、私とは正反対の、大きな掌と、太い指。それから、伝わる体温。

「・・・先生はなんでそんなに優しいの?」

「さて・・・どうしてかはこの問題が解けたら教えてやるよ」

「え・・・!?ず、ずるいっこんな難しいやつ!!3年生の問題じゃん!!」

さらさらと、先生がめくった教科書は、私のではなく、先生が持ち込んだ3年生の教科書だった。



私の反応を見て楽しそうに笑う、先生のその笑顔は、犯罪級です。



「3年になったら解けるようになってるだろ」

「・・・3年生まで教えてくれないって事?」

「さあな」

いつもそうだ。

先生ははぐらかすのが上手い。



何度か、原田先生に告白をした生徒が居ると、聞いたことがある。



『先生と生徒って形で出会わなけりゃな、この先ももしかしたら違ったかもなあ』



そんな風に思わせぶりに、でも遠まわしに断っているその大人のかわし方はずるいと思う。

今だって、“どうして私にこんなに優しくしてくれるの?”の答えが“お前は知る必要が無い”と言われているみたいで。







「ねえ先生?あの問題、やっぱり私、解けなかったよ」

「あの問題?・・・・・・ああ、あれな」

離任式で登壇した原田先生を、私は目に焼き付けるようにじっと見つめた。

校長先生の言葉とか、他の離任する先生とか、正直どうでもよくて。

「だから、先生の答えは聞かなくて良いからさ、私の話を聞いてくれる?」

「・・・・・・聞くだけ、な」

ほら、絶対先生は分かってるんだ。私が呼び出したときから、お見通しなんだ。

むしろ、特別授業を頼み込んだときから、絶対、分かってるんだ。

「先生の第二ボタン、私にちょうだい?」

私の言葉に驚いた原田先生の綺麗な眼が少しだけ大きく開いた気がした。

「だって、卒業式と言えば好きな男の子の第二ボタンを貰うでしょう?今日は先生の卒業式だよ?」

「お前なあ・・・」

呆れたらしい原田先生は、大きなため息をついた。

先生のため息は、何十回と聞いてきたけれど、いつものと、少し違う気がする。

「じゃあ、ボタンの代わりにこれやるよ」

ごそごそとポケットをあさって握りしめた何かを、私の胸の前に付きだした。

ほら、と急かされて、急いでその拳の下に両手を差し出した。

ぽとりと掌に落ちたのは、たぶん、家の鍵。

「鍵?」

「そう、俺の心の鍵」

「・・・そんな恥ずかしいセリフ言えるの、原田先生だけだと思う」

訳わかんない、とその鍵を先生に返そうとした途端。



「お前、やっぱ応用きかねえな」

「え?」

「まあ、俺もう“卒業”したから言うけどな、お前の―――」








なまえのこと、寝ても覚めても、考えてんだ。

だから、寝ても、覚めても、俺の傍にいるっての、どうだ?





END




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