パタパタと足音がする。

「平ちゃん、朝だよー!」

扉の向こうから聞こえる俺を呼ぶ声に、緩む顔を抑えながら布団に潜り込んだ。

もちろん、少し前から目は覚めている。

彼女が朝ごはんの支度をするその音も、換気扇の音も、微かに聞こえるテレビの音も。

ほんの些細な音だけど、全部、全部、幸せを実感させてくれる。

付き合っていた期間は短かったから、一緒に住む、その事自体が新鮮すぎてくすぐったい。


寝室のドアを開けてなまえがベッドに腰掛けると、一向に返事をしない俺を不思議に思ったらしく、少しだけ出ていた頭にふわりと小さな手が触れた。

「・・・平ちゃん?・・・っ、わ・・・!」

その手を引っ張り、ベッドに引きずり込んで抱きしめてやった。

驚いた彼女の顔は、直ぐに照れ笑いに変わる。

「・・・おはよ、なまえ。びっくりした?」

「もう、」

ほんの少し尖らせた唇に、おはようのキスを落とせば、今度はくすぐったそうに笑った。






本当に俺を置いて行っちまうのか平助、そんなことを泣きながら新八っつぁんに言われてから・・・半年位経ったのか。

早まるな、そんな言葉を色んな奴らに言われたけど、別に早まったつもりだってないし、もともとそのつもりだった。

高校の頃初めて彼女に出会ってから、ずっと好きだった。

ただ、彼女はずっと総司のことが好きで、俺はその相談相手でしかなくて。

困らせることもしたくないし、脈のない恋の賭けに出たところで結果なんて分かりきっている。

それなら、ずっと友達で居れば彼女のそばに居られるのではないかと、それでいいと、思っていた。

けれど結局高校を卒業してからは別々の大学に進学、彼女と連絡を取る機会も減った。

その分、きっと総司に近づいているんだろうなって思って、頑張れと思う半面、最低なことを考えている自分が苛立たしかった。




それから3年後。就職活動なんて、面倒臭い。そう思いながらも一君に説明会くらい行っておけと背中を押されて向かった先。

適当に、日程も合いそうだったし、家からそんなに遠くなかったし。

「・・・・・・なまえ?」

「え・・・・・・うそ、平助くん?」

彼女を見つけた瞬間に、ドクン、と大きく心臓が揺れた。

例えば街中で、駅で、似ているその後ろ姿に何度ため息をついたか知れない。

いい加減に忘れたほうがいいな、そう思ったのに。

「久し、ぶり・・・」

「びっくりした・・・・・・げ、元気してた?」

「あ、ああ・・・・・・なまえは?」

「うん・・・まあ」

リクルートスーツで再会した俺たちは、周りの空気もあってか、物凄く固まっていた。

久しぶりの彼女に、やっぱ好きだって気持ちがどんどん蘇ってきて、説明会なんて頭に入るわけなかった。

終わってから時間あるかと聞けば、彼女の方から飲みに行こうと誘ってくれた。



「振られたの、沖田くんには」

「・・・そっか」

「卒業してからすぐ告白したんだけど」



・・・ちょっと待て、すぐって―――



両手で、カクテルグラスを包み込んでいた彼女が、寂しそうな顔で笑った。

「うん、だからね・・・・・・」

「・・・・・・何で、言わねえの?」

「平助くん?」

「俺、てっきりさ、お前と総司が・・・・・・いや、これは単なる俺の都合になっちまうけど。お前が悲しんでる時に、傍に居てやれなかったのがすっげー悔しい」

「・・・本当はね、連絡しようと思ったんだよ?」



よく考えてみれば、付き合うことになったら報告のひとつくらい来るだろう。

それが、ずっと連絡も来なくて―――なんだよ、そういうことかよ。自分の馬鹿さに、ため息も出ねえ。



「でもさ、ほら、平助くん見ると沖田くん思い出しちゃうし、慰めてってそんなの、頼めるわけ・・・」

「・・・頼れば良いだろ」

「・・・・・・え?」

「俺がいくらでも慰めるし、傍にいるし、お前のこと、笑顔にする自信あるから、だからっ・・・」

総司に振られて直ぐに俺に連絡をしようとしてくれたのが嬉しかった。

なまえの中で俺が存在してることが。消えてなかったことが。

ない脈なら作ればいい。

想い続けた俺のこの時間が、無駄にならないように。



「だって俺、ずっと、なまえのこと―――」







山積みのダンボール。ホコリの匂い。

換気のためにと開けた窓の端、春の風がカーテンを揺らしている。

「も〜何サボってるの!?時間ないんだか・・・・・・うわ懐かしい」

ちょっとだけ、それが命取りだといつも分かっているのにどうしてもやめられない。

テスト勉強の合間に、例えば漫画を読み始めたり、雑誌を広げたり、ゲームの電源を入れたり。

結局止まらなくなって、昔から次の日に後悔をするタイプだった。

今も、2日後に迫っている引越しのために荷造りをしなくてはいけないのに、見つけてしまったアルバムを開いてしまって、気づいたら夢中になって捲っていた。

なまえも、結局俺の開いたアルバムを覗き込み、目を輝かせた。

「だろ?」

俺の隣にちょこんと座り、じっとアルバムの写真を見つめていた、それは高校生の学園祭のやつだ。

「・・・平ちゃん、この顔やばいって」

「いやいや、イケメンだろ?」

「あはは、バーカ」

「こら、」

座ったまま、後ろからぎゅうっと抱きしめてやれば、可愛い反応が返ってくる。

「えへへ・・・、ねえ、もっとぎゅってしてて」

「なまえ?」

「私、今すっごく幸せなのね。平ちゃんのこと、好きになって良かった。私を選んでくれて、ありがとう、ね?」

「・・・俺は、ずっとお前しか見えてねえから、お前以外の選択肢がねえんだよ。・・・・・・嫌がっても離さねえし!」

「あはは、痛い痛いっ!も〜っ・・・」

彼女のあごを引いて、覗き込むようにキスをした。

何度しても、飽きない。

心地いいこの幸せを、ずっと幸せだと思えるように。

「なあなまえ」

「なあにー?」



「早く引越し終わらせてさ・・・・・・」




彼女が言っていた。子供は多い方が楽しいだろうって。




「・・・ん、でも、もうちょっと二人の時間も欲しい、かな」




ideal happy ending



愛してる、そんなの照れくさくて言えねえけど。



「だーもうっ!可愛いっ!!!・・・・・・なまえ、大っ好き!」



ほころぶ君の、笑顔が見たい。



END

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