(やっべー・・・飲みすぎた・・・)


コンビニまで多分あと数メートル。

押し寄せてきた吐き気のせいで歩くことが困難で、ガードレールを背にして座り込んだ。

夜とは言えど、真夏の暑い空気はあまり気分がいいものではないと、そんなことを思う余裕もなかった。


(つうか、飲まされすぎた・・・新八っつぁんも左之さんも・・・・・・だぁー、気持ち悪ぃ)


空を仰ごうとしても、こみ上げてくる吐き気にそれどころではなくて。

うっ、と手のひらで口元を抑えた瞬間だった気がする。



「よかったら、これ」



斜め上から聞こえた、澄んだ女性のその声に顔を上げることすらできなかった。

視界に差し出されたミネラルウォーターのペットボトルは、おそらく俺が立ち寄ろうと思っていたコンビニのものだろう。

オレンジ色のテープがバーコード部分に貼ってある。



「どうぞ?」



口を開くことも、顔を上げることもできずに、無言でそれを受け取った。



「えっと、お大事に・・・」



礼の一つも言えなくて、なんてカッコ悪いんだ、と思い出したのは、日曜日、目が覚めて枕元に投げ出してあったペットボトルを見た時だった。








月曜の通学途中。あのコンビニの近くを通った。

俺だったら同じことができるだろうか。見知らぬ酔っぱらいにわざわざ水を買って来てくれるだなんて。

しかもあの声はおそらく若い女性のものだったと思う。同い年か、少し上か、そのくらいの。

「あ、金・・・」

ふと思い出したのは、水を受け取るだけ受け取って、礼どころか金すら渡さなかった自分。

「俺って最低だな」

具合が悪かったんだ、とそんな言い訳なんてしては余計に最低だ。

そう思いながら、コンビニを通り過ぎた。





「でさー、どうしたら良いと思う?」

「お前には勿体ねえくらい良い女だろうな」

「っどういう意味だよ!?」

「まあ、可哀想だなって思われたんだろ」

「ちょっ・・・左之さんまで!」

学校のあと、時間がちょうどいいからと始めた居酒屋のバイトで知り合った新八っつぁんと左之さんにはよく飲みに連れて行ってもらってる。

この間、具合が悪くなったあの日もそうだった。

二十歳になったばかりの俺に「誕生日祝いだ、気にしないで飲め」なんてどんどん勧めてくるから・・・まあ調子に乗った自分も悪いんだけど。

「・・・相談して損した!」

そう言うとまた二人、顔を見合わせて笑った。

「平助」

「んだよ」

「同じ時間に、同じ場所に居るってのはどうだ」

「・・・は」

「だから、その、出会った場所にだよ」

「あ・・・あー!」

なんで思いつかなかったんだろう。

多分、確率なんて高くはない。でも、無闇に探すよりいくらかマシだと思う。

そもそも、名前も、顔もわからないんだ。

ただ、覚えてるのは、あんなに気分の悪かった俺の頭に、すっと響いた澄んだ声。




「・・・・・・俺って、単純」

飲みすぎないようにした。

また、終電まで二人に飲みに連れ回されて、左之さんに「決めてこいよ」なんて嬉しそうに言われてしまった。

礼を言うのと、金を返すのと、それだけ。

それだけなのに、何をどう決めろって言うんだろうか。

「あー・・・・・・意外と星、見える」

都心からそんなに離れてはいないけど、電車にゆられ、ちょっぴり田舎のこの場所は多分、空気はそこそこ、綺麗なんだろう。

いつもなら絶対気づかない、仰いだ空の星にちょっとだけ感動した。

けれど、いくら待っても彼女は現れてなんてくれなかった。

「・・・まあ、そんな調子の良い話、なかなかねえよな」

そうして立ち上がり、結局いつも通り家に帰りながらものすごくがっかりしている自分に、実はすごく楽しみにしていたんだって気がついて少し恥ずかしかった。





「いらっしゃいませー」

次の日。

毎週読んでる雑誌の発売日で、あのコンビニで立ち読みをしていた。

いつもはすぐ帰るのになんとなく、彼女が買ってくれた水を買おうと、レジに並んだ。

その日は案外混んでいて、俺の前の前の客が帰った時に聞こえた、店員のその挨拶に、持っていたペットボトルを落としそうになった。



「ありがとうございます」



聞き間違い、なんだろうか。



いや、多分―――でも。



あの声、だと思う。

顔を確認したところでわかんねぇし、ただ、自分の順番が来るのを今か今かと、待っていた。


「ありがとうございます」


すっと、俺の前の客が帰って、レジにペットボトル1本を置いた。


「・・・・・・いらっしゃい、ませ」


その、教科書通りの挨拶じゃ、確信が持てない。

でも多分、彼女だと思う。

顔を見たらきっと余計にわかんなくなりそうで、俺はずっと、彼女の手元を眺めてた。

「あの・・・・・・」

「え」




「どうぞ?」




『どうぞ?』



ペットボトルを差し出した彼女のその声が、あの日の声と、同じだった。





「そ・・・それ、返したくて!この間、その・・・ありがと、な。・・・っと、じゃあ」





早足でコンビニを飛び出した俺の後を、彼女が追いかけてくるのを、本当はすごく、期待してる。





「あ、あのっ・・・・・・」




後ろから聞こえた声に、ぴたりと、足を止めた。

振り向くと、少し息を切らしながら、胸元をきゅっと抑えた彼女が、頬を染めている。

それだけで、こんなにドキドキしてるなんて、俺、相当―――



「今度会えたら、言おうと思ってて―――」





最初から好きなんですけど




END


2014.07.21〜09.15




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