―――僕が死ねばよかったのに。
目の前の、真っ白くて冷たい彼女を見て、本気でそう思っていたんだ。
なんで僕が生きているんだろうって。
なんで彼女じゃなきゃいけなかったんだろうって。
それはほかの誰かではいけなかったんだろうか。
葬式を終えて一人になった瞬間に、たまらなく寂しくなった。
彼女の声が聞きたい。
彼女の温もりを感じたい。
一生、叶うことのない願いを、僕はひたすらに心の中でつぶやいていた。
もう、彼女が何かを想うことなんてないし、僕の名前を呼ぶこともない。
照れくさそうにはにかんだりとか、頬を染めることだって二度とない。
触れることなんて、できないんだ。こんな、残酷なことがあるだろうか。
もし、彼女を追って僕が死んだら―――
「・・・はぁ、」
溢れ出す涙をこぼしたくなくて、代わりにため息をこぼし、ふと顔を上げた瞬間だった。
幸せだった今が消えると、どうしても過去の幸せを思い出してしまう。
だから、どうして、このタイミングで君が目の前にいるんだろう。
あのね、なまえ、本当は。
彼女を追って僕が死んだら、君くらいは悲しんでくれるのかな、そんなこと、考えてたんだ。
偶然だったのか、必然だったのか。
この再会を数奇だなんて言うつもりもないけど、会わない方が良かったんじゃないか。
君に声をかけた瞬間、僕を見上げたその瞳が、まだ僕を愛しく思ってくれているんだって気づいてた。
熱を孕んだ、その切なそうに揺れる瞳が。
僕は、それに甘えた。
亡くした恋人のことを愛している自分、まだ僕のことを愛してくれているなまえ。
彼女の代わりになんてなりたくない、そんな風に言ってくれたら良かったのに。
それなのに、『気のすむまで、愛してあげて』なんて優しい声で君が言うから。
ああ、そうだ。
君は素直じゃないし可愛くないけど、すごく、すごく優しい子だった。
ごめん、そんな君を利用してる。
今の僕は、君をもう一度愛せる自信がない。
そうして感じた少しの罪悪感。
腕を解いた僕に、彼女がかけた言葉。
『自分が死ねばよかったのに、なんて思わないで』
どうしてそういうこと、言うかな。
さっきまで、自分が死ねば良かったと、そう思っていた僕に。
もう一度、なまえを愛せる自信なんてないって思ったのに。
君は本当に、僕をよくわかってる。
でも、今は、君を想える余裕がない。
だから、もし。
もし―――
その世界を彩る僕ら2年。
なまえから連絡だって来なかったし、自分からもしなかった。
まだ亡くした恋人は自分の中にずっと居る。
もちろん、消えることなんてない。
どれだけ愛しても、多分足りない。
でも、どうしたって寂しさが募っていく。
返ってこない愛を捧げ続けることに、僕は少しだけ疲れ始めてた。
もちろん、愛することに見返りを求めているつもりもないけど、このぽっかりと空いてしまった心を、亡くした恋人が埋めることはできないって最初から気づいてた。
愛されたい。
それは誰でも良い訳なんてなくて。
一番に浮かんだなまえの笑顔。
「久しぶり」
「そう、だね・・・」
「こんなところで会うなんて、びっくりしたよ」
「あ、たまたまね、取引先に用事があって」
僕自身も、この街に来るのは初めてだった。
たまたま、営業の担当がその日出られなくなってしまったからと、代理で僕が行くことになった。
せっかく時間を作ってもらったのにと、後日改めて伺います、そんな電話を僕がしたからだ。
一度だけ会ったことのある営業先の女性から“沖田さんは今日お忙しいですか!?”ご指名を、いただいた。
まあ気に入られるのはありがたいことだよな、と思いながらも、どうしても気分は塞いだまま。
仕事だ、と言い聞かせて僕は会社を後にした。
だから、まさか、初めて来たこの街で、君に会えるなんて思わなくて。
正直、すぐに抱きしめたいと思った。
けれど、彼女の表情を見てきっとそれどころではないんだろうと、それくらいはわかった。
渡りきった横断歩道で、左右別れた僕らの道。
振り返ることをしなかった君に、僕も急いで仕事を終わらせてしまおうと、少し早足で歩き出した。
“覚えてるかな。
ねえなまえ、運命って信じる?”
そう、メールだけ入れて。
帰りがけに、営業先の女性が扉の前で延々と話を続けるのをどうやって切り抜けようかと思っているその時だった。
タイミングよく電話が鳴って、ちらりと画面を確認すれば、
【みょうじ なまえ】
上司からの電話だと嘘をついて、また改めて伺いますねなんて作り笑いをして営業先からやっと解放された僕は、まだ鳴り続けている電話に慌てて出た。
「なまえ、ごめん、仕事・・・・・・」
『・・・・・・っ』
「なまえ?」
『・・・・・・私、』
彼女の震えるその声に、鼻の奥がツンとした。
「どうしたの?」
『ずっと、』
「・・・うん」
『総、司・・・』
「ねえ、なまえ、今夜、会えないかな。大事な話があるんだ」
だから、もし。
もし―――
君が僕を待っていてくれるのなら。
「なまえ、もう一度、僕のそばに居てくれないかな。今度は二度と離さないけど、それでもいいよね?」
答えを知っている僕は、震えるその唇に、噛み付くように口付けた。
背中にゆっくりと回されたその腕が、肯定してる。
君の存在が、ずっと僕を支えてくれた君を一人にしていた時間を埋めるくらい、僕は君を愛すと誓う。
「君と一緒に、生きたい」
END
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