言葉のすきま
あれから沖田くんの家には結局一度も行くことはなかった。
けれど毎日のように病院に通っていたし、傍から見ればすごくすごく元気そうに見えるのに。
面会ができなくなってからも、私は毎日沖田くんの病院に足を運んだ。
外から病室を見上げて、もしかしたら沖田くんが顔を出すんじゃないかって。
私を見つけて、名前を呼んでくれるんじゃないかって。
そのとき、嫌な予感はしていた。
別れ際にはいつも「またね」と言う彼が、帰り際に言った言葉のせいだと思う。
これは、最後の会話。
『なまえちゃん、ありがとね?』
『どうしたの、急に』
『なんでもないよ。・・・バイバイ』
『ん、じゃあね』
発作がひどくなってきたと聞いた。
日中は平気なのに、どうにも夜になるとひどい汗をかいて、痛みに耐えているのだと、これは斎藤君が教えてくれた。
私は一度もそんな沖田くんを見たことがなかった。
その方がいい、と斎藤君が呟いた。
委員会も部活も終えて、日が沈んでから病院に行くこともあったと言っていた彼は、そんな沖田くんを何度も見てきたんだろう。
会えなくなった今、私は斎藤君と話す時間が増えた。
それは決まって、沖田くんのことだったけれど。
それから2週間くらいあとだったろうか。
胸の奥がなんだかざわざわとして、寝付けなかった日を今でも覚えてる。
何もしていないのに急に涙が止まらなくなって、ポロポロと大粒の涙が絶えず流れ続けていた。
悲しくもないのに、と思いながらも、浮かぶのは沖田くんの顔。
会いたいなって、いつ会えるかなって、よくなれ、よくなれって、ずっと心の中で祈ってた。
早く会いたい。
またあなたと、話したい。
一緒に、笑い合いたい。
お通夜で、斎藤君に会った。
この前まであんなに元気だったのに、と、私はまだ、信じられない気持ちでいっぱいだった。
「・・・・・・っ」
窮屈そうな姿の沖田くんは、眠っているだけなんじゃないかって。
本当は触れたらきっと温かくて、まぶたを開いて“びっくりした?”なんて、質の悪い冗談の一つでも言ってくれるんじゃないかって。
「沖・・・っ」
声を荒らげて泣きたかった。
抱きしめたかった。
触れたかった。
涙はどんどん溢れてきて、鼻水はいくら啜ってもキリがない。
苦しくなる呼吸に、私は真っ白なハンカチで口元を押さえ、一生懸命声を殺そうとしたけれど、できなかった。
「・・・みょうじ」
「・・・っ、」
声をかけてくれた斎藤君がどんな顔をしていたかなんて、泣きすぎて見えなかった。
『ちょっ・・・!沖田くん・・・絵下手すぎじゃない?』
『そう?じゃあなまえちゃんも書いてみてよ、土方さん』
『ええ!?・・・ひ、土方、先生・・・って、えっと・・・どんな顔してたっけ・・・こんな、感じ?あれ!?』
『あっははははは!似なさすぎて傑作なんだけど、人のこと言えないよこれ!っく、はは!・・・あー、もう笑いすぎてお腹痛い』
『ひどいひどいーー!!』
お互い何も話すことなんてできなくて、ただ、帰り道を並んで歩いた。
車のヘッドライトが眩しくて、目を細めた。
泣き腫らしたまぶたが熱い。
「・・・・・・総司が、言っていた」
「・・・なんて?」
「あんたのことをよろしく頼むと」
「・・・・・・頼まれたの?」
「まさか・・・断るに決まっているだろう」
「・・・?」
「あんたが守ってやれと、そう言っておいた」
「・・・沖田、くんは、何て?」
ただふっと、笑っただけらしい。
『・・・一君、あの子名前なんて言うの?』
『・・・みょうじなまえ』
『ふうん』
『どうかしたのか』
『・・・別に。ただ、可愛い子だったなあって、思っただけ』
あの日キスをしていたら、どうなっていただろう。
もっと深く触れ合っていたら、どうなっていただろう。
今思い出してもドキドキする。
沖田くんとの距離を惜しむように、ゆっくりと歩いた。
それは多分、お互い無意識だったんだろう。
本当はずっと、そばに居たいのに。
「斎藤君・・・」
ぽつり、と呟いた名前。
こちらを見ることもなく、頷くこともなく、ただ変わらずにゆっくりと歩いていく彼と、距離ができてしまった。
それを不思議がってか、ふと振り向いた斎藤君。
「沖田くん、いなくなっちゃったよ・・・どうしよう・・・っ、もう・・・二度と、会えない・・・っ」
斎藤君が顔を歪めたのにも気づかずに、私はただ、道の真ん中でわんわん泣いた。
「・・・何とか、言ってよ・・・」
力なく地面にぺたりと座り込んでしまった。
動くこともできなくて、全身に力が入らない。
ただただ、泣くことしかできなかった。
そんな私を隠すように、何も言わずにただ、抱きしめてくれた斎藤君の優しさに私は甘えてた。
「あれ、斎藤君」
「あんたか」
「まさか同じ時間に来るなんてね」
「ああ・・・」
久しぶりに会った斎藤君と、たくさん沖田くんの話をした。
あれから随分と時間が経ってしまったけれど、相変わらず私の心の中に彼は遺っている。
これ以上増えることのない思い出。それならば、忘れないように。
「・・・総司・・・なーんて、斎藤君の真似〜」
「否、喜んでいるかも知れぬ」
「えー?そうかなあ・・・」
「ああ・・・」
「じゃあ・・・また来るね、総司」
もう一度、もし出会えるなら。
もっと早くあなたに声をかけて、もっと長くあなたと過ごしたい。
そうして、あなたの幸せを一番に願う。
今は、あなたの分まで笑って生きるから、私が会いに行くまで、あなたも空で笑ってて。
“またね、なまえちゃん”
(沖田総司 追悼/2015.05.30)
prev next
back