言葉のすきま


沖田くんと病院の最寄駅で待ち合わせて、彼の家に行った。

途中、スーパーで買い物をしながら、一人暮らしだということを初めて聞いて、どうしようと思う反面、期待してしまった自分。


「何でも良いよ、なまえちゃんが得意なやつで・・・あ、でも」

「ネギ、でしょ?大丈夫だよ、買わないから」

「あれ、覚えてたんだ」

「あんなに嫌そうにしてたし」


病院の食事にネギが入っていたのを嫌そうな顔をして、「食べる?」と私に差し出してきたくらいだ。

言われなくたって分かるし、沖田くんのことなら、いちいち覚えてる。



「なまえちゃんは良い奥さんになりそうだね」

「・・・絶対入れないとは限らないよ?でも今日は“特別”なの」

「なんだー・・・。でも、なまえちゃんが作ってくれたなら頑張って箸をつけようかな?」

「・・・その箸は最終的に私に伸びるんでしょ」

「バレてた?」

「もう・・・」



こんな、他愛のない会話ですら、ちゃんと沖田くんとの思い出になる。

もしかしたら二度と思い出さないかもしれないけれど、これは私の心の中に刻まれる。

でも、ネギを見るたびに、思い出せるかな?

あなたの嫌いだった食べ物を・・・だからこそ、私はきっと、スーパーに行くたびに買ってしまうかもしれない。

あなたを色濃く、思い出したいから。






一通り調理道具は揃っていた。

ほんの少しだけホコリをかぶっていたお鍋とまな板をさっと水で洗うその様子も、沖田くんは楽しそうに傍で眺めている。

なんだか緊張するなあ、と思いながらも、それでも沖田くんが私を見ていてくれることが嬉しくて、ドキドキしながら包丁を握った。


「わ、おいしい・・・」

完成したご飯の一口目をそわそわしながら見つめていると、沖田くんがそう言った。

ものすごく緊張していた私は、その言葉を聞けて肩の力が抜けた。

「良かった〜〜」

私もいただきます、と手を合わせた。

いつもの味をこんな風に喜んで食べてくれるなんて、ものすごく嬉しい。


二人でテーブルの前に並んで座っていたその距離は、触れそうで触れない。

・・・触れたらきっと、辛くなる。

温もりを知ってしまったら、きっと・・・。






ごちそうさまでした、と完食してくれたお皿。

片付けちゃうね?と立ち上がれば、ぐっと掴まれた腕。



「沖・・・?」


「・・・・・・・・・」


何か言いたげなその瞳。

どうしよう、ドキドキする。

触れられた、その箇所が熱い。


思わずまた、ぺたりと座ってしまった。


だって、立ち上がったのを引き止められたってことは、行かないでってこと、でしょう?


沖田くんの方をちらりと見れば、まだ、じっとこちらを見つめていた。

その綺麗な、瞳。

どう、してだろう。

目が離せないのは。



掴んでいたその腕を開放してくれた沖田くんの掌が、私の手に滑り降りて、探るようにして指を絡めた。



そうして、ゆっくりと近づいてきた綺麗な顔。


私の瞳と、唇を、交互に見つめた。


ゆっくり、また、ゆっくり。


距離が近くなる。



ほら。




もう少しで、重なる。















「ごめん・・・、」












私が瞳を閉じようとした瞬間に、一瞬で離れていった。


手のひらの温もりも、一緒に消えた。




「・・・今、したら・・・きっと我慢できなくなる。それに、これから辛くなるのは君だよね・・・ごめん」




私は、なんて言えば良かったんだろう。

して欲しいって、思ってしまった。




こんな時にまで、自分のことより私のことを考えてくれた沖田くんに、私は。





声が上手く出てこなくて、ゆっくりと首を振る事しかできなかった。


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