言葉のすきま
その日は、考えすぎてなかなか眠れなかった。
この夜の時間を、沖田くんは一人でどうしているんだろうとか、寂しくないんだろうかとか。
具合が悪くなって苦しんでいやしないかとか、私に救えることは何一つないのに。
だからこそ、悔しくてもどかしくて、涙が止まらなかった。
終わりが見えている恋を、どうすればいいのかなんて、私は知らない。
「斎藤君、私に何か出来ることないかな」
「みょうじ・・・」
放課後、委員会を終えた私は、玄関で斎藤君に会った。職員室から戻り部活に行くところだったらしい。
本当は教室で話しかけようかとも思ったけれど、ほとんどのクラスメイトが沖田くんのことをきちんと聞かされていないのだ。
そんな環境で何を言えようか。
「総司の話だな?」
「うん」
「・・・あんたに教えた俺が言うのもおかしいかも知れぬが、深入りしないほうが良い。あんたが辛いだけだ」
「でも・・・見て見ぬふりなんて出来るわけないし、私に出来ることが少しでもあればって・・・」
「あんたは・・・っ!」
急に声を荒らげた斎藤君に驚いて、私は身体を震わせた。
こんな斎藤君、初めて見た。
「目の前で自分の身内や親しい人間が死んでいくのを見たいと言うのか!?」
そう言いながら、斎藤君の瞳が揺れていた。
いつも冷静で、物静かで、滅多に表情を崩さないあの、斎藤君の瞳が。
「・・・ただの同情だけでそう言っているのなら、総司も迷惑だろう・・・」
「私、そういうつもりじゃ・・・」
「ならばどういうつもりだと言うのだ・・・?あんたが総司の病を治せるとでも・・・っ!」
斎藤君にとっての沖田くんの存在の大きさを思い知った気がする。
私なんか比べ物にならないくらいの時間を共にしてきているはずだ。
誰よりも、きっと。
我に返ったらしい斎藤君が足元に視線を落とすと、ぎゅっと握り締めていた手のひらが、ゆっくりと解けていった。
「・・・・・・否、これでは完全に八つ当たりだな・・・すまない」
「斎藤君・・・。私の方こそ、ごめん。でも・・・でもね、少しでも笑ってて欲しいと思うの。沖田くんにも・・・斎藤君にも」
視線を逸らしていた斎藤君が、驚いた顔をして私を見つめた。
何を考えているのかはわからなかったけれど、ふと浮かんだその笑顔はすごく苦しそうだった。
「・・・今日、少し話をして行ってやってくれるか?あいつも毎日俺が相手では、つまらぬだろう」
そうして、私の横を通り過ぎていった彼の姿を、目で追うことができなかった。
「・・・失礼します」
「あれ・・・君」
読んでいた本を、膝の上でぱたりと閉じた。
まさか二日連続で来ると思わなかったんだろう。
「今日はプリントはありません」
パッと両手のひらを広げて、何も持っていないことをアピールして見せた。
「じゃあ何しに来たの?」
と、ため息をついた沖田くんに、私はカバンからさっき寄り道して買ってきた袋を取り出して見せた。
「・・・プレゼント」
「あれ、僕誕生日だっけ・・・?」
「別に誕生日じゃなくたってあげても良いでしょう?私があげたいなって思ったから」
彼に小さな紙袋を押し付けるように渡すと、この前みたいに受け取ってくれた。
なんとなく、照れくさそうな表情でそれを開けると、驚いた顔をして取り出した。
「・・・一君に聞いたの?」
「え?何を?」
「僕の好きなもの」
そう言って沖田くんは、小さな瓶に入った淡い色の金平糖を、外の光にかざすみたいにして見せた。
「え、嘘・・・知らなかった!沖田くんって案外可愛いもの好きなんだね」
「・・・君さ、失礼なこと言ってるの気付いてる・・・?」
「は!?・・・ご、ごめんっ」
「あはは。いいよ・・・ありがとう」
にこりと、表情を和らげた沖田くんに、私はどきりと胸を高鳴らせる。
私は彼のことが、たまらなく好きだ。
無意識に、彼の好きなものを選んだ自分に、運命だったらいいのになんて、勝手にはしゃいでる。
「僕は、人間じゃなくて金平糖に生まれたら良かったのかな」
「・・・・・・金平糖じゃ、楽しいことも嬉しいことも、何も感じられないよ?」
「・・・その代わりに、悲しい気持ちも知らなくて済むでしょ?」
悲しげに微笑んだ沖田くん。
それはつまり、今一番感じているのは“悲しい気持ち”っていうことなんだろうか。
寂しいでもなく、辛いでもなく。
「沖田くん、あのね・・・?誰から聞いたか忘れたけど・・・。悲しい気持ちを知らないと、楽しいことの楽しさを、半分しか感じられないんだって。それを聞いたときは、なんとなくしか分かんなかったけど・・・」
言いながら、なんか偉そうなことを言ってしまったと、言葉を濁してしまった。
気を悪くしていなければいいんだけど、と彼の顔色を伺うようにちらりと見れば、ばちりと目が合った。
「・・・座れば?」
「え・・・あ、」
「一君はいつも剣道か土方さんの話しかしてくれないんだよね。本もたくさん貸してもらったんだけど難しくてあんまり進まないんだ」
そうか、積み上がっていたのは沖田くんの本じゃなくて斎藤君のか、なんだか妙に納得してしまった。
バッグをぎゅっと抱きしめたまま、私はいつも斎藤君が座っている椅子に腰掛けた。
「だから、君の話をしてよ。あまりよく、知らないから」
「私の・・・?・・・たいして面白い話ないけど・・・」
「うん、君が面白い話できるなんて思ってないから安心して」
「ちょっ・・・!?」
「あはは」
何時間こうして居たんだろう。
病院食が運ばれてきたのを見て、慌てて時間を確認すれば、あっという間に日は沈んでいた。
それとにらめっこするように口を尖らせて拗ねるような仕草をした沖田くん。よっぽど病院食が嫌いなんだろう。
それはそうだ、薄味だとよく聞くし、いかにも体にいいもの集めました、的な感が否めない。
「・・・ごめん、すっごく長居しちゃってた・・・帰らないと」
立ち上がれば、沖田くんが少しだけ寂しそうな顔をした・・・気がする。
「引き止めてごめんね、ありがと」
「わ、私の方こそ・・・」
「課題とかあったら持ってきなよ、教えてあげる」
「え!?私の方が授業受けてるのに!」
「そうだね、じゃあ・・・邪魔してあげるから、一緒にやろう」
「変なの・・・」
「うん」
「・・・じゃあね、沖田くん」
「またね、なまえちゃん」
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