言葉のすきま
病室の扉をノックすると、中から気だるげな返事が聞こえた。
こそこそと斎藤君の後に隠れて行くと、私の姿を見つけた沖田くんが少しだけイラついたような、不貞腐れたような顔をした。
「ふーん・・・二人一緒なんだ」
「ちょうど行くところだと言っていた故、」
「いや、あの、私が・・・・・・」
「・・・別に理由なんてどうだっていいけど」
『・・・・・・ねえ斎藤君、本当のこと教えて?』
ずっと黙り込んでいた斎藤君の隣を歩いて、やっとたどり着いた病院の入口。
自動ドアがゆっくりと開いた。
その瞬間に足を止めた私を振り返り、病院内に足を踏み入れた斎藤君も立ち止まる。
『・・・しかし』
躊躇う理由。
口止めでもされているのか、私に気を遣っているのか、沖田くんの“残された時間”を信じたくないのか。
おそらく、全部だ。
立ちすくんでいた二人の間で、自動ドアが遮るように閉まりかけたのに気がつき、私は斎藤君の傍に駆け寄った。
『・・・お願い斎藤君、知っておきたいの。何も知らずにさよならするのなんて、悲しすぎる』
「それで、委員長さんはまた土方さんのおつかいでしょ?」
「・・・その通りです。はい、これ」
テーブルに置くこともできたけれど、沖田くんと少しでも近づきたいと思ったし、たくさんたくさん、思い出を作りたいと思った。
今こうやって話ができる環境に自分が居られることが本当に嬉しいし。
押し付けられた委員長の仕事も、このためだったのかと思えるくらい。
だから私は、一歩前に、踏み出す。
プリントが入った封筒を沖田くんに差し出した。
あまりの近さに驚いたらしい彼は、無意識にかわからないけれど、それを受け取ってくれて。
「渡したからね。・・・・・・バイバイ」
正直、自分の方が限界だった。
あんなに遠くからしか見ていなかった沖田くんがこんなに近くにいることと、こうして話していることと。
でも、今日は手渡し出来たからもう帰ろう。
きっと斎藤君ともゆっくり話したいだろうし。
私が邪魔をしてはいけないと思う。
本当は、そう言い聞かせているだけだった。
『・・・・・・あと、1年。それしか、傍に居てやれぬ』
苦しそうな顔をして、か細い声がそう告げた。
彼に言わせることも酷だったろう。
友人の残された時間を・・・本当は口になんて出すことも、考えることすらきっと。
言わせることになったのは申し訳ないと思うけれど。
ごめんねなんて言ったら、失礼だ。
斎藤君にも、沖田くんにも。
溢れそうな涙をこらえながら、私はきゅっと唇を結んだ。
『・・・ありがとう、斎藤君』
『すまない・・・』
あなたが謝るのはおかしいよ、私はただ、首を振って示すことしかできなかった。
沖田くんの顔色は今日も特に悪くはなかった。
彼を蝕んでいるその病とやらは、本当にどうにもならないのだろうか。
けれど、どうにもならないからきっと、残された時間を提示されたのだ。
あと一年しかない。
まだ一年ある。
私は・・・私だったら、何をして生きたいと思うだろうか。
もしかして、死にたいと、思うんだろうか。
想像することしかできない。
けれど、想像でも答えなんて出ては来ないのに。
病院の外からふと見上げた病室には、斎藤君の後ろ姿と、笑顔の沖田くんが見えた。
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