言葉のすきま


沖田くんは、いつの間にか病院のイメージになっていた。



2年、同じクラスになれたと、玄関前に掲示されていた名前を見つけて喜んでいたのは、本当に束の間。

始業式、欠席者なんて居るわけない、そう思っていたのにぽっかりと空いていた後ろの席。

考えなくてもわかる。会いたいのに姿が見えない、彼の席だ。


少し遅れてやってきた担任から沖田くんが欠席している理由について説明があった。



“入院”



一体、何を言っているのだと思った。

去年まで普通に通学していたし、体育も・・・部活だって、出ていた筈だ。

何を急に・・・否、沖田くんは病気のことを悟られないように無理でもしていたんだろうか。



ざわつきだした教室を、誰も、静めようとなんてしなかった。









「失礼、しまー・・・す」


“沖田総司”と掲げられたプレートを確認して、私は開いていた扉から中を覗き込んだ。


「あれ、斎藤君?」

「あんた・・・」


病室の入口、一人部屋なんだと、そのときは何も気に留めてなんていなかったけれど。

大きな窓を背にして座っていた斎藤君が私を見つけて驚いた顔をしていた。

二人が仲が良いということは1年のころから知っていた。

休み時間になると“一君!”と沖田くんがやってくる。

その、声を聞くのも好きだった。


「・・・誰?一君の知り合い?」


少し不機嫌そうな顔で私を一瞬見やって、すぐに斎藤君に聞いた。

それはそうだ、うちの学校で沖田くんのことを知らない子なんか居ないと思うけれど、私はごくごく普通のなんの取り柄もない大勢のうちの一人でしかない。

ここに来たのだって、自分から手を挙げたわけではなかった。


「新しいクラスの、委員長だ」

「ふうん・・・委員長さんがわざわざ何しに来たの?」


品定めでもするように入口に立つ私を見た彼は、面白くなさそうに言った。


「・・・えっと、あの・・・いろいろ、プリントとか、届けに―――」


そう言って、彼が座っているベッドのサイドテーブルに、渡すように頼まれた封筒をそっと置いた。

本当は手渡ししたいと思っていたんだけど、そんな雰囲気でもなくて。

それに、私が差し出したとしても、彼が手を伸ばしてくれなかった時の恥ずかしさを考えると、それが一番平和な渡し方だと思ったのだ。


「どうせ土方さんの指示でしょ?・・・はぁ。余計なお世話なんだけど」

「総司、余計などと―――」

「だって、もらたってどうしようもないでしょ?」


少しだけ、口調がきついのは気のせいではないらしかった。

沖田くんにそう言われて返答に困っている斎藤君の、そんな顔は初めて見た。

悔しそうな、悲しそうな、いろんな感情が入り混じった表情は、見てはいけないような気がして、そっと視線を逸らしてしまった。


「・・・あれ、君まだ居たの?」

「・・・し、つれい、しました」


後ろから、総司、と斎藤君の声が聞こえた。






それから二週間後くらいだったろうか。

土方先生から、またプリントやらを届けに行ってくれと頼まれて教室を出たところで、斎藤君に声を掛けられた。


「・・・あんた、また総司のところに行くつもりか」

「あ・・・うん」


正直、前回あんな態度を取られているせいで、また不機嫌にさせてしまうんじゃないかと怖い気持ちだってないわけじゃない。

けれど、沖田くんに会いたいと思う自分も本当。

いくら冷たい態度をとられたとしても、それで気持ちが冷めるほど、私の恋は簡単ではないらしい。

そんな私に気を使ってくれたらしく、自分が頼まれてやろうかと斎藤君が申し訳なさそうな顔をした。


「ううん、私が頼まれたんだし」

「そうか・・・俺も行くところだったのだが」

「あ、じゃあ・・・良い?一緒に行っても」


すっかり、桜は散ってしまった。

桜色をまとっていた木々が、新緑を風に揺らしている。

こんなに気持ちがいいのに、沖田くんは病室から出ることはできないんだろうか。

顔色はそんなに悪くないと思ったし、なんなら、1年の頃とあまり変わっているようには見えなかったのに。


「斎藤君」

「なんだ」

「・・・沖田くんってさ、いつもあんな感じなの?なんていうか、突き放されたような気がして、ちょっと寂しかったなって」

「否定をしたところで、あんたが納得出来るくらいの理由を述べられるとも思わん。だが、入院してから以前よりも他人に冷たく当たることは増えたように思うが・・・」

「そっか・・・」


自分だけじゃないんだ、とわかって少しだけホッとした。

だとしたら―――。


「だが、総司の病気がきっかけで、俺も言葉を以前より慎重に選ぶようになった」

「斎藤君が?」

「もし俺が同じ状況だったらどうして欲しいのかと、どうしたいのかと。残された時間を、悔やむことなく過ごすには、と」

「・・・え?」


斎藤君の言葉に、私は耳を疑った。

残された時間って、どういう―――


「斎藤君、あの、ちょっと待って?・・・沖田くんの病気って、治るんだよね?」

「・・・すまない、今のは忘れてくれ」




病気で入院をしている事しか知らない。

一体なんの病気で、どれくらいで治るのかとかも。


言われなくても、勝手に私は治ると思っていたし。

いつになったら沖田くんと同じクラスで勉強ができるのだろうかと、楽しみにしていたのだけれど。

今の斎藤君の言い方、ねえ、私、嫌な予感しかしないんだけど。


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