お題:斎藤×ゲリラ豪雨

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汗だくになりながら登校して、近くの席の友人と二、三言葉を交わすとすぐに先生が入ってきたので前を向いて座りなおした。

拭ったはずの額にまた、少しだけ汗が伝う。早く来て涼めば良かった、そんなの毎回思っているけれど、結局早起きの方がつらい。

夜更かしを止めれば良いだけだと言われたことはあるけれど、それが止められないからいつも汗だくなのだ。


進学校ではないから、夏期講習は別に強制ではない。塾に行っている子も居るから、だいたいクラスの三分の一くらいだろうか。

申請していた講習を受けに教室を移動するというのは、いつもの移動教室とは少し違って、なんだか大学生のような気分。

一限の古典を受けに移動した隣のクラス、一番前の席で背筋を伸ばして座るのは、隣の隣のクラスの斎藤くん。

相変わらず、きっと私とは正反対でとても真面目な人なんだろうって思う。

他の生徒とは違う世界に居るみたいな、なんだか彼の周りだけ、特別な―――

「おい、てめえら!俺が来る前に座っとけ!ったく落ち着きねえなあ!」

そう言われるのはいつも決まって同じメンツで、一部の男子達。

本当に進学する気あるのだろうかと思うがため息すら出ない。それは彼らの問題なのだ。私には全く無関係なのである。

「じゃあ昨日の続きな、120ページ」

先生も先生で、いっそ注意するの止めれば良いのに、ああいう子達はかまってほしいだけなんだから、と思いながら私は教科書をめくった。

今度は、顎のあたりを伝った汗を拭った。






いつもの授業よりも時間が長いから、3コマ終えるとお昼の時間。

今日はこれで終わりだから帰ろう、と鞄のファスナーを閉めて顔を上げると、開けっ放しになっていた教室の扉から、斎藤くんが通ったのが見えた。

「・・・!」

「なまえ〜この後千鶴とアイス食べて帰ろうって話してたんだけどどうするー?」

「あ〜・・・今日はいいや、ごめんね、また誘って?」

何故だか私は、斎藤くんを追いかけるように足早に教室を出た。

古典の授業のときだけは、斎藤くんが私よりも前の席だから、前を向くと自然と視界に入る。土方先生を見るフリをして本当はいつも、斎藤くんを見ていた。

他の授業でも一緒の教室で受けることはあるけれど、席順が決められているから、特別なのは古典の時だけなのだ。

今までは、廊下ですれ違うくらいしか無かったし、全校集会でステージに上がり表彰される彼を見るくらいだったから、それはそれは遠い存在だったのだけれど。


きっと彼は、私の名前も知らないんだろう。



でも。


ただ、話してみたいって思ってた。

せっかくなら、距離が近付いているこの夏期講習の間に、きっかけでも作れたら良いのにって。



玄関を出る斎藤くんの後ろ姿を見つけて、慌てて靴をはきかえた。



縮まらない、否、縮められない距離。

私は斎藤くんのストーカーと化してしまっている。

横断歩道、赤信号でぴたりと歩みを止めた彼の、隣に立って良いものなのかどうか・・・―――あれ。

そう迷っていると、ぽつり、と私の腕に落ちてきた雫。

雨降ってきた、そう私が呟き終わると同時くらいに、地面をほとんど色濃く染めてしまった雨粒。

「うっそ・・・」

信号待ちをしていた斎藤くんが振り返り、私に気がついた。

「あんた・・・」

「っ・・・!」

「・・・走るぞ」

「え・・・あ、」

斎藤くんの後に続くと、うちの生徒がよく利用している商店の前へたどり着いた。

夏休み中はおやすみらしく、シャッターが下りている。

が、幸いなことに雨宿りが出来るくらいのスペースはあった。

強く地面を打つ大粒の雨が、跳ね返り少しだけ白んで見える。

「・・・急に降ってきたな」

「そ、うだね」

斎藤くんの言葉に、たった一言相槌を打つ事しか出来なかった。

隣で、濡れた髪を拭う彼を、見つめることなんてもっと出来るわけが無くて、私も鞄からハンカチを取り出した。




ザアアアア




止みそうにない雨を見て、私はぽつりと呟いた。

「・・・雨のにおい」

「確か、・・・ペトリコールと」

「・・・へ?」

「雨の匂いをそう呼ぶらしい」

私の呟きが聞こえたのか、彼がそう口を開いたので、思わずその顔を見上げた。

まだ乾き切らないしっとりとした髪は、別人のようで。

私の胸はドキドキとうるさく響いた。

「・・・難しい言葉知ってるね、斎藤くん」

「たまたま、何かを調べていた時に見つけたのだ」

「覚えてるのがすごいよ」

「否・・・褒められても何も出ぬが」

「え!?別にそう言うんじゃなくてただ!」

「すまん、いつもそういう奴らと一緒に居るからつい・・・」

斎藤くんの友達・・・そうか、沖田くんのことか、と私はなんだか笑ってしまった。確かに彼なら持ち上げて何か強請りそうな気はする。

「ところでみょうじ、あんた傘は持っていないのか」

「・・・え、うん・・・」


ん・・・?

今、みょうじって言った・・・?

私の名前、知ってた・・・?



「斎藤く・・・」

彼は鞄から紺色の折りたたみ傘を取り出した。

「さすがにあの雨では傘も無意味だろうと思ってな。もう少しで止みそうだが・・・どうする?」

「・・・っ!」

つまりこういうことだろうか。

このままもう少し雨宿りをしていくか、斎藤くんと相合傘をして帰るか・・・・・・

「わ、私はっ・・・、」




彼は一瞬驚いた顔をしたかと思うと、ほんの少しだけ頬を赤らめて、傘を鞄にしまい込んだ。

「・・・あの・・・ありがとう」

私の言葉に彼は、ふっと笑った。その笑顔があまりに素敵だったから。

それから、自分自身のドキドキが増していることに、ずっと斎藤くんの周りだけ特別に見えていた理由に気がついた。

「そんな風に言われたのは初めてだ」

口下手だから、と彼は苦笑いを浮かべていた。

「そんなことないよ、私、斎藤くんと話していて楽しいと思ったし、何より・・・ずっと話してみたいって、思ってたから」


日本史の授業の時は、私が彼よりも前の席で。

彼も私の事を知っていてくれたことが嬉しかった。名前まで覚えていてくれたなんて。



「あんたはいつも授業が終わる15分前に眠そうにしているからな」

「ちょっ・・・!何それ!」

「大丈夫だ、おそらく先生は気づいていない」

「そ、そういう問題じゃなくって・・・!」

「すまん。だが・・・あんたは見ていて飽きない」

真面目だと思っていた彼は、案外冗談が得意で、自称口下手なはずなのに、思いの外饒舌だ。


「別に、良いけど・・・」

「みょうじ」

少しだけふてくされた私を無視して、もう一度彼の声が私の名前を紡いだ。聞き慣れないそれにはどうしてもドキッとしてしまう。

「な、なにっ?」

まだ、ほんの少しだけ小さな雨粒がこぼれる中で。

斎藤くんが指を指した先には、綺麗な虹色。

二人、顔を見合わせて、笑いあった。




もちろん、相合傘をするのも捨てがたかったけれど。

きっと彼も駅まで行くのだろうと思ったら、あと5分くらいでさよならと言う事になってしまうから。






――――・・・私はっ、斎藤くんともう少し話して居たい!





END

(Special Thanks to けけ。 sama,まりこ sama.
まさか同じキャラで同じお題を頂くとは思わず。美味しいお題をありがとうございました!)



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