お題:沖田×アイスキャンディー
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蝉の大合唱はそれだけで暑さを倍増させる。
先程から何度寝返りを打ったのか自分でも分からなかったけれど、寝苦しさに目を覚ました。
「・・・んー・・・」
いつの間にかソファで昼寝をしてしまっていたようだ。
目が覚めると、見慣れた背中が目の前にあった。
そうか、総司の家に宿題をしに来ていたんだ。
「・・・あ、おはよう。よく眠れた?」
床に座り、テーブルに向かっていた総司が、目が覚めた私に気がつくと嫌みたらしく言った。
座面に片肘をかけて寝起きの私をじっと見つめる。
自分のことを団扇でぱたぱたと扇ぎながら。
「・・・・・・その涼しい顔なに、」
「食べる?一口ならいいよ」
差し出された棒付きのアイスに、私は口を尖らせた。
「一人だけずるい・・・」
「あ」
「ちょっと!くれるって言った」
持っていたアイスにかぶりつこうとした瞬間、逸らされる。
「だって今の、一口じゃないでしょ」
そうして意地悪な笑顔を見せた彼は、そうこうしている間に滴り落ちてきたアイスに気がついて、自分の指をぺろりと舐めた。
これ以上落ちないようにと、棒のあたりを舐めとり、しゃぶりついたその様子に、胸を高鳴らせる私は最低だと思う。
「どうしたの」
「・・・総司が分けてくれないならアイス買いに行くの付き合って」
身体をやっとソファから起こすと、胸のあたりを汗が伝った。
「たくさん食べたいから箱買いしようかな」
真っ先に向かった冷凍食品のコーナーで、たくさん並ぶアイスに迷ってしまう。
「なまえちゃんのおごり?」
「・・・・・・やっぱやめた。総司の家に帰るのに、こんなにたくさんいらないよね」
「え、食べるよ」
「私はいつでも食べれないじゃない」
「いつでも来ればいいでしょ」
当り前のようにそう言われると、悪い気はしない。もちろん総司の家にはよく遊びに行っているし、この夏休みの間にまだ行くとも思う。
「・・・・・・・・・勝手に食べないでよ」
「もちろん」
先程私が眠っている間に一人でアイスを食べていたクセに・・・。と思いつつも、結局甘やかしてしまう自分の性格は本当にどうにかしたい。
昔から子供っぽいんだ、総司は。それなのに図体だけ大きくなって、周りの女子たちにちやほやされて、私に向けないような笑顔で笑って。
けれど、幼馴染という立場に甘えている自分が居る事も事実で。
いつから好きになったのかも覚えていない。それはたぶん、総司と手を繋がなくなってからだ。
それに気がついてなのか、総司も私に触れて来なくなった。
昔はどこに行くにも手を繋いで仲良く歩いていたのに。
いろんなフルーツの味が入っているアイスキャンディーを箱買いした。
さっき食べたばかりだから、と総司は遠慮して私だけ早速一本選んだ。
「んん〜〜おいしい!」
ガサガサとビニール袋を揺らしながら、総司がよかったねと呟いた。
「総司、」
「うん?」
「一口あげる」
「・・・・・・その手には引っ掛からないよ」
「もう!私は総司みたいに意地悪じゃないってば」
仕返しをされると思ったのだろう。私はそんなに子供ではない。
その言葉に警戒心を解いたらしい総司が、私のアイスをぺろりと舐めた。
「それだけでいいの?」
「何?僕がアイス食べるところそんなに見たいの?」
「だ、だれもそんな事言ってない!」
「あ、なまえちゃん」
「なに―――」
容赦なく私たちを照らす太陽と、それを照り返すアスファルト。
先程食べていたアイスで身体の中が少し冷えたと思っていたのに。
私の指に滴り落ちてきたアイスの雫を、ぺろ、と舐めとった総司のその舌は、太陽なんかよりよっぽど熱かった。
「早く食べないと、溶けちゃうよ?」
「っ・・・、」
余裕の笑みを返されて、私は早くアイスを食べ終えてしまいたいと思いつつも、ただただ羞恥に襲われている。
それなのに、身体が動いてくれなくて、だからまた、総司が私の指を猫のように舐めた。
さっき家の中で見たのとは違って、私の様子をチラリと伺いながらもその赤い赤い舌を蠢かせる総司がとても―――
じっと硬直したままの私を何と思っているだろう。
私の持っていたアイスが溶けてしまう前に、一口、また一口とそれを食べるその横顔をただ眺めている自分。
この先どうなるのかが分からなくて、それを楽しみにしている半面、少しだけ恐い。
なにを想って総司はこんなことをしているのだろう。
彼が考えていることが全く分からないし、何を求められているのかも分からない。
棒の真ん中にすこしだけ残ったアイスも、結局総司の口の中に消えてしまった。
「ごちそうさま」
「・・・・・・」
「ねえ、手、気持ち悪いでしょ。箱のアイスも溶けちゃう前に早く帰ろう」
そう言って、さっきまで舐められていたその指は、総司の手に包まれて、そのまま家へと真っ直ぐに向かう。
・・・気持ち悪くなんか、ない。
私はそう、言いたかった。
「ただいまー」
「・・・ただいま」
「なまえちゃん、手ベタベタでしょ」
「うん」
「洗っておいで」
「・・・うん」
冷凍庫にアイスをしまいに行った総司の背中を見送って、私は洗面所に向かった。
さっきまで総司と繋いでいた、舐められたその指をじっと見つめるだけで、ドキドキする。
何故だか指先は小刻みに震えていて、緊張から来るものなのか、何か恐怖みたいなものなのかは分からないけれど。
総司に触れることができなくなってから、どれくらい経ったんだろう。
久しぶりに繋いだ手はすごく大きくなっていて、私の知ってる総司じゃなくて、それはちゃんと、男の人だった。
さっきの総司を思い出して、喉を鳴らした。
「・・・・・・」
あの赤い舌が這っていた指を、自分の舌先でぺろりと舐めた。
「・・・なまえちゃん」
「・・・!」
背後から聞こえてきたその声に驚いて顔を上げると、洗面台の鏡に映った自分のすぐ後ろに、総司が立っている。
「何してるの?」
「・・・何も、」
「・・・じゃあ、何考えてるの?」
「・・・な、何も・・・」
「僕、嘘つきは嫌いなんだけど」
鏡越しに目を合わせられて、それを逸らす事が出来なくて、だって私には逃げ場なんて存在しなくて。
「・・・・・・そ、総司のこと、考えてた」
「どんな?」
「・・・ごめん、私・・・あの、」
心臓のドキドキが大きすぎて、強すぎて、立っているのがやっとで。
どうにかなってしまいそうだった。
ずっと幼馴染という関係を続けて来ていたのに、それが崩れてしまうんじゃないかって、恐さもあって。
総司と二度と今までみたいに笑って話せないんじゃないかって、そう思ったら、何も言えなくて。
私が言ったら、全てが終わってしまうんじゃないかって、だから、何も―――
「なまえちゃん・・・」
「何・・・」
突然後ろから私を抱き締めてきた総司の重さと、熱を感じて、訳が分からずただ、一層鼓動が速くなっていく。
「あっ・・・あの、総司?」
「本当はずっと我慢してた、こうしたくて、たまらなくて、でも、嫌われたくないって、避けられたらどうしようって、思って・・・」
「い、痛い・・・」
「ごめん、」
謝ってるくせに全然腕の力は弱まる事は無くて。
私の首筋のあたりで、少し荒い、総司の呼吸が繰り返す。
「なまえちゃんが嫌がらなかったから、ちょっと調子に乗った。いつもみたいにリアクションしてくれると思ったのに、何も言わないから」
「・・・だって、」
「だって何」
「・・・嫌じゃ、なかったから。私もごめん、本当は何か言わなきゃって思ってたんだけど、あの・・・私最低かも知れないんだけど、もっとして欲しいって、思って・・・や、別にあの・・・!」
「・・・なまえちゃん、僕のこと好きなの?」
「っ・・・、その、なんっ・・・だから、えっと・・・・・・す、き・・・です」
気がついたら総司の顔が目の前にあって、さっきまで見えていた鏡が見えなくなっていた。
蒸し暑い、そう思ったのは、その場所のせいでは無くて、たぶんお互いの熱のせいだ。
END
(Special Thanks to みゆ sama.)
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