お題:沖田×帰省の渋滞からの浴衣でお祭り
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「あ、逃げ水」
ゆらめく蜃気楼と一定の距離を保ったまま、先程から高速道路をただひたすら走っている。
前回は真っ白な山を眺めていたのに、それも半年以上前なのかと思うと信じられない。
お盆に帰省する話を総司にした時、お義父さんと会話を続けるのが苦手だから嫌だと口を尖らせた。
姉も帰るらしいから姪と遊んでいれば良いと伝えると、うーんと言いながらも口元が緩んでいた。
「あー、ちょっと、ちょっと待って・・・うっそ、あー・・・、」
さっきまで独走状態だったのだけれど、徐々に車が増えてきたな、と思ったらこれだ。
のろのろとスピードを落として、運転手である総司はハンドルにもたれかかりながら言った。
「もう少し早めに出れば良かったかな?」
「渋滞につかまらない可能性があったことを考えると今が悲しくなるから、いっそこう言う運命なんだって思う事にしない?」
「・・・そうだね、なまえちゃんとゆっくり話しをする良い機会だって思う事にする」
いつになく柔らかく微笑むもんだから、その横顔にドキドキした。
そうしてこちらを向いた総司に、気付いたらのろのろ運転が停止していた。
この先どれくらいこのままなのだろうかと憂欝にならずに済むのはきっと、総司の言葉が嬉しかったからだろう。
「・・・あのね、ちょうど明日、実家の近くの神社でお祭りあるんだ。実は浴衣持ってきてるの」
総司の驚く顔は久しぶりに見た。
するとすぐに、私から顔を逸らして運転席側の窓にゴンと頭をぶつけた音が聞こえた。
「そ、総司・・・!?」
「・・・どうしよう、すっごい楽しみ。なまえちゃんの浴衣」
浴衣姿なんて毎年見ている筈なのに、そんな風に言ってくれるのはすごく照れる。
「うん、皆で行こうね」
「・・・は」
「?だから、姪っ子とさ、姉夫婦もつれてさ。お母さんが姪っ子の浴衣用意してるって言って―――」
「それ本気で言ってる?」
「・・・どういう事?」
「嫌なんだけど」
「なにが・・・?」
「二人が良い。なまえちゃんと二人で行きたい」
窓枠に肘をついて、急に真面目な顔をして総司が言った。
こういうところ、本当にいつまでも子供っぽさが抜けないんだから・・・と思いつつ、私は総司にばれない様に必死で顔が緩むのを堪えていた。
「かっ・・・かわいい〜〜!!!」
用意していた浴衣を姪っ子に着せると、母の歓喜の声。
目をキラキラと輝かせた母を見て、私の時もこんな風だったんだろうかと、思い出そうとしても、思い出せない。
「良かったね〜金魚さんの柄似合ってるじゃない」
ふふふ、と私に自慢げな顔をして見せた姪が隣に居た総司の袖をひっぱりながら、かわいい?と小首を傾げた。
小悪魔かよ・・・と思いつつもその天使のような可愛らしさに自然と頬が緩む。
すると総司がしゃがんで、かわいいよ、とぽんぽん頭を撫でれば頬を両手で押さえて嬉しそうに走り回った。
「次、なまえちゃんの番だよ」
「・・・・・・は」
髪は普段下ろしているし、メイクだって薄い。
だからこそ、人形のように姉に着付けまでされると、自分でやるのとも違うく見えて、鏡の向こうの自分に驚いた。
浴衣を着る理由なんて、付き合っていた頃からたった一つ。
姪っ子みたいに素直になんて聞けないけど、ただ総司に、可愛いって言ってもらいたい、から―――
「お、お待たせ・・・」
私が一番最後だったから、皆が待っていてくれた。
外で姪っ子と総司の声がする。
陽が傾き始めた夕方の、オレンジ色が総司の横顔を照らしていて。
総司も私が着付けている間に浴衣に着替え終えていたみたい。
本当に、何を着ても似合ってしまう。
「なまえちゃ―――」
「ご、ごめん、時間かかっちゃった」
「いや、あの・・・」
姪っ子は後ろから出てきた姉に飛びついて、ママ綺麗、と言って嬉しそうにはしゃいでいる。
「ちょっと、総司くん!?私の渾身の出来なんだけど一言ないわけ?」
「お・・・お姉ちゃん!!」
「うん、別人みたいだ。お姉さん、ありがとうございます」
「よろしい」
近所の神社までは歩いて行ける距離。
うちの前も浴衣姿の人が行き来している。
私たちも行こうかと、家族そろって歩きだした。
後ろに居た両親たちは、いつの間にかご近所さんと立ち話、目の前を歩く姉夫婦は、姪っ子を間に仲良く手を繋いでいる。
もちろん、私たちも子供が欲しく無いわけではない。
ただ、二人の時間をもう少し楽しみたいと、お互いに決めたことだ。
いつまで、とは言わなかったけれど、姪っ子の可愛さを見てしまうと、そろそろ子供が欲しいなと思ってしまう。
そうしてぼんやりと歩いていると、総司がぽつりと呟いた。
「・・・結婚式ぶりに見惚れたかも」
「は・・・!?何それ褒めてる!?」
「充分褒めてるでしょ?そういうなまえちゃんは僕になにも無いの?」
「・・・・・・よ、よくお似合いで・・・」
「それだけ?」
繋いだ手を少し引っ張られながら、顔を覗きこまれる。
その目を見てはダメだと、思わず視線を逸らして小さな声で言った。
「・・・カッコイイ、デス」
「あ。もしかして、緊張してる?」
「そ、そんなわけないし!調子に乗るな!」
ニヤリ、と笑った総司が、何か思いついたんだって事くらいすぐに分かる。
指を絡ませて手を繋ぎ直すと、耳元で囁いた。
「すっごく可愛いよ」
そう。それが聞きたかったの。
「ありがと・・・」
紅潮した頬をどうにか冷ましたいけれど、繋いだ手がそれを許してくれない。
私が見上げた横顔は、とても満足そうな顔をしていた。
「ねえ総司」
「ん?」
「総司も浴衣、似合ってる」
「・・・ありがとう」
「あ!ねえなまえちゃん、わたあめ食べたい。半分こしよう?」
「・・・・・・もう」
すれ違った子が持っていたふわふわの真っ白いわたあめを羨ましそうに見つめながら言った。
子供みたいにはしゃいで、私の手を引いて歩きまわる。
結局姉夫婦ともはぐれていつの間にか二人になって居た私たちは、とても久しぶりに二人の時間を思いっきり楽しめた気がする。
いつしか陽が暮れて、深い深い藍色の空にちりばめられた星が、はっきりと輝いて見えたのに気がついた頃。
もうそろそろ帰ろうか、と総司が言った。
「なまえちゃん」
「なあに?」
「今度は二人じゃなくて、三人で来ようね」
「・・・うん・・・、うん」
嬉しさに、目頭が熱くなる。
だって私も今、そう思ってた。
総司の大きな手が、俯いた私の頭を優しく撫でた。
END
(Special Thanks to 海月 sama,梅花 sama,甘楽 sama.)
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