お題:斎藤×浴衣で蛍

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御祖母様と住まわれていたという一さんのご実家は、二人には広すぎるほどたった。

夕食を終え、せっかくだから月でも眺めようという一さんの提案で、縁側に二人並んで腰かけた。

こんな風に時間を過ごすだなんて、あの頃の私には考えられなかった。

のんびりとしているだけなのに、隣にあなたが居るとあっという間に時が過ぎる。

なんて贅沢なのだろうかと、私はくすりと笑ってしまった。






美容師を目指していた私は、必須の授業のうちの一つで、着物・浴衣の着付けの講義を取っていた。

その際に講師として来ていたのが、担任の古くからの知り合いだと言っていた一さんだ。

“着付け師”という職業があると言う事も知らなかったし、彼は―――仕事柄かもしれないが―――和装で過ごしていることがほとんどだと言っていたのを聞いて驚いた。

和服に縁のない生活をしている自分、それこそ、夏や冬など、やれ花火大会だ、やれ初詣だと、時期的に着ることは今まであったけれど、それはなんだか失礼な気がして、遊び半分で着てたことを彼に謝罪すれば、

私みたいな学生は初めてだと笑ってくれた。

その笑顔に胸を高鳴らせ、回数の限られた彼の講義を私は一言も聴き逃さないよう、見逃さぬよう真剣に取り組んでいた。


もちろん想いを告げることなど出来なかったし、私の中では憧れの存在として、いうなれば学校の歴代校長のように、心の額縁に入れて思い出を綺麗に飾っていたのに。

私が就職した先の美容室に、お客さんとして来た一さんと再会した。




「・・・え、え、えええ!?」

「みょうじ?」

「斎藤先生っ、!?」

「何故あんたが・・・」

「こ、こここ・・・ここで働いております・・・あの、すみません・・・」




懐かしい話しに花を咲かせ、一さんと付き合うまではそう時間はかからなかった。

私が感じていた居心地の良さを彼もずっと感じてくれていたようで、本当に嬉しかった。







隣で、出会いを思い出してまた笑った私に、一さんは柔らかい声色で尋ねた。

「どうした」

「いえ、何でも・・・あれ?今の、」

出会ったころを思い出して・・・、という話しを今まで何度もしてきていたから今更恥ずかしくて、誤魔化すように見上げた空に、流れ星でも落ちたのかと思った。

それにしてはやけに速度が遅かったし、目の前だった気がした。

もしかして、と気がついた時には一さんは既に理解をしていたらしく、立ち上がり私の名前を呼んでいた。


「なまえ」

「はい、」

「せっかくだ、浴衣に着替えて散歩に出よう。・・・裏の公園、あそこの近くを流れる川には幼いころ何度か祖母と見に行ったことがある」

「見間違いでは無かったということでしょうか・・・」

「ああ、おそらく」



一瞬で何処かに消えてしまったその光を探しに、私たちは出掛けることにした。


「一さん、あの・・・甘えても良いですか・・・?」

「どうした?」

「せっかくなので、一さんに着付けていただきたいです」

私がやるより何倍も綺麗だから、と、取って付けたように言えば、少し照れた顔をしながらも、嬉しそうに頷いてくれた。





一さんに着付けてもらった浴衣。

思わず鼻歌でも口ずさんでしまいそうになるくらい、本当に嬉しくなった。

「・・・今度は俺の髪をあんたに切ってもらう事にしよう」

「え?私が、ですか!?そんな、私なんてまだまだ―――」

「練習台などいくらでも出来る、それに、あんたに髪を触られるのは、嫌いじゃない」

「・・・それは、ストレートに言うとどうなりますか?」

意地悪な私の質問に、ゴホゴホと咳き込んだ一さんが、赤い顔を逸らして呟いた。

「あんたが良い」

「・・・・・・」

本当に言ってくれると思わなかったから、私はリアクションに困ってしまって、一さんと同じくらいに真っ赤になっていたと思う。

「見返りを求めている訳ではないのだが、何か、あんたにしてもらったものは返したいし、お互いがお互いを尊敬しあうと言う意味で、だ」

「はい、それは私も、同じ気持ちです」







公園までは15分くらい。

歩幅はいつもよりも小さいから、もっと時間がかかっていたかもしれない。

一さんが案内してくれた川の近くにつくと、先程みた光が漂っている。

一つ、二つ、三つ―――


そうして近づくと、数え切れない数の蛍が水際を舞っているのが目に入った。

あんなに綺麗だった月は雲に隠れてしまっていたけれど、その分を蛍が一生懸命補っているような気さえする。

「すごい・・・」

ぽかん、と口を開けたまま。私はただただ、目の前に広がる蛍の舞を見つめていた。

幻想的で、この世のものではない、そんな気さえしてしまう。

私を現実に引き戻してくれたのは一さんの掌の体温だった。

二人で来たのに、一人の世界に入り込んでしまっていた私に気がついて居たのだろう。

「綺麗、ですね」

「今までも何度か来たことがあるが、なまえと共に来た今日が、一番・・・綺麗、だと、」

「一さ、」




重なった唇の感触、私はゆっくりと瞼を閉じた。



来年も再来年も、五年後も十年後も、二十年後も。



あなたと一緒に、居られますように。





END

(Special Thanks to はじめ大好きママ sama.
それから、匿名で“斎藤さんに浴衣を着付けてもらいたい”とご意見を下さった方へ。ご協力ありがとうございました!)


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