「悪かったな」
残業なんて慣れているし、今更そんなの謝らなくたっていいのに。
会社を出ると、冷たい風邪が頬をかすめた。
あまりの寒さにマフラーを引き寄せて、口元を覆った。
「いえ・・・」
最寄り駅までの道、近くのテレビ局前にはこれでもかと言わんばかりのド派手なクリスマスツリー。
街路樹にくくりつけられたイルミネーションは、こんな夜に―――の、ために―――輝きを放つ。
「残業ばっかで、本当すまねぇな」
申し訳なさそうなあなたの表情は、結構好き。
いつも怒鳴り散らして、眉間にシワを寄せているあなただから。滅多に見れないその顔が見たくて、と言っても良いくらい。
「そんな・・・私は・・・・・・」
あなたに頼られていることが嬉しくて。
ただ本当にそばにいたくて。
こんな不純な動機、仕事人間のあなたには、わからないと思うけれど。
もしかしたら、怒られてしまうかもしれないけれど。
クリスマスの夜、幸せそうな恋人たち。
イルミネーションを見に来たのかな。
手を繋いで、笑い合って、この時間を共有して。
思い出を増やしていく。
私にとっても、今はちゃんと思い出で。
あなたにも、そうあってくれたらいいなって、願う。
「・・・ちょっと嬉しかったです」
「なんだ?そんなに仕事が好きだったか?」
いくら土方さんでも空気の読めなさに思わず不貞腐れてしまった。バレないようにため息をついた後で、背筋をぴんと伸ばした。
「クリスマスに、土方さんと一緒にいられて、です」
「あ・・・?そうか、今日だった、か・・・」
腕時計で日にちを確かめたらしい、彼は何を思ったのか。
「―――っ!?」
冷たい指先が触れたかと思えば、手のひらには大きくて温かい、土方さんの、体温が重なった。
「せっかくだ。もう少し付き合え」
「・・・は!?」
土方さんに手を引かれたまま、先ほど通り過ぎてきたテレビ局まで戻り、私がほんの少しだけ切らした息を整えている間に。
幸せそうなカップルを横目に、土方さんはその大きなツリーの写真を撮っていた。
「なあ、どうだ?」なんて私に見せてくる彼はなんだか少しだけ子供みたいで。
「よく撮れてますね?」
思わず肩を揺らしながら答えてしまった。
「なんだよ、そう言うお前は撮らねえのか?」
土方さんにそう言われて、慌ててスマホを取り出した。
こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。むしろ今が、夢かも知れない。
そんな風に思いながら、カメラをツリーに向けた瞬間。
「なあ、」
私が覗き込んでいたカメラを遮って、目の前には土方さんのスマホ画面。
それも、セルフモードになっているらしく、私と、土方さんが映っている。
「え、何・・・・・・」
わけが分からず間抜け顔の私と、イケメン上司のアンバランス過ぎる恥ずかしい写真が、土方さんのスマホ画面に切り取られた。
嘘でしょう、これって、まさか―――。
「土方さんっっ!?!?そんな、私、今ひどい顔して―――」
周りのどんな恋人たちよりも、私たちが一番幸せだ、と笑う、10秒前の出来事。
おしまい。
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