水族館に行った帰りだった。
乗り換えのために降りた駅のホームで、母親と手を繋いで嬉しそうに歩いている男の子を見かけた。
深い藍色の浴衣に、色とりどりの花火の柄。
ちいさな手にぎゅっと握り締められた紐の先には、懐かしい透明のビニール袋。
その小さな袋の中で、橙色のヒレをゆらゆらとなびかせている金魚が数匹、窮屈そうに漂っている。
「近くでお祭りやってるのかな」
「せっかくだから行ってみる?まだ時間早いし」
「いいの?」
「うん、ほら」
自分の手を差し出して、行くよ、と微笑んだ。
浴衣を着てくれば良かったな、そんなことを思いながら、私は総司の手を取った。
「総司の手、汗かいてる」
「え?僕だけなの?自分だって汗かいてるくせに」
「私汗かかないもん」
「・・・・・・」
「わー!痛い痛い!」
じと、と睨まれて摘まれた頬は、総司に変な顔、と言って笑われた。
お互い汗ばんだ手を拭って、もう一度繋いだ。
すれ違う、お祭り帰りらしい人の波に逆らいながら、あとどれくらいで着くのかな、そんなことはどうだって良くて。
ただ総司と一緒にこうして居られることが幸せだなって、私はわざとらしく腕を振って歩いた。
「わー、また失敗・・・さっきの子絶対四匹くらい捕まえてたのに」
無残に破れてしまった穴から総司を覗くと、お手本を見せてあげる、と得意げに口の端を上げた。
コツがあることは知っているけれど、どうやればいいかなんて分からない。
なんでも器用にこなしてしまう総司は金魚すくいの極意まで知っているというのだろうか。
集中してるその横顔があまりに真剣すぎて、笑いそうになってしまう。
総司の手元に視線を落とせば、簡単に、それこそひょい、とあっという間に一匹すくってしまった。
「すごい!」
「もう一回、やってみたら?」
「え、破く自信しかない・・・」
「コツ教えてあげるから」
「・・・・・・が、がんばる!」
家に帰り、窮屈そうだったビニール袋から金魚を開放してあげると、嬉しそうに泳いでいる・・・ように見える。
あんなにたくさんの金魚がいた中から、私と総司で一匹ずつすくってきた。
「今更かもしれないけど、この二匹すっごい仲悪かったらどうしよう」
「え?」
「だってさ、もしかしたらお互い恋人が居たのに、それを私たちが引き離しちゃってたら?なんか可哀想な気がしてきた・・・」
冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに注いで、お風呂上がりだった総司に手渡した。
ありがとうと受け取ると、ゴクリ、と喉を潤した彼が、
「僕たちが一匹ずつ捕まえてきたんだから、仲良し同士に決まってるでしょ?」
それとも、僕が信じられない?と聞いてくるもんだから、なんだか嬉しくなってその胸に飛びついた。
END
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