「な、つめ・・・さん」
「久しぶり、・・・・・・だな?」
帰ってくるならそう言って欲しい。
不意打ちでリビングに顔を出した彼に、私の心臓はうるさく跳ねる。
わかってたら、もうすこし可愛い服にしたのにとか、メイクをちゃんと直してきたのにとか、そんなことを思ってしまう。
普段からちゃんとしていればいいだけの話なんだけど。
もちろん、普段手を抜いているわけでもないんだけど、せめて好きな人と会うときは、完璧に可愛い自分で居たいと思うじゃない。
「今日は・・・?」
「ん、ああ。あいつに、これを」
あいつ―――また絵麻か。
棗さんがいつも家に帰ってくるときは、絵麻が理由。
私は彼女みたいにゲームに熱中しているわけでもないから、棗さんと楽しそうに話しているのを見ると、我が妹ながら苦しくもなる。
会う理由がちゃんとあって、羨ましい・・・
「うまそうだな」
「え・・・!?あの・・・」
晩ご飯の支度をしていたところ、カウンターから顔をのぞかせた棗さんがふわりと笑った。
その笑顔が、ずるい。
私は絶対、あなたとキョーダイだなんて、認めたくない。
「どうした?」
「いえ・・・・・・棗さんも、お時間あったら・・・一緒に」
「良いのか?」
「ぜ、是非・・・」
「じゃあ、頼むな」
「はい」
久しぶりに棗さんと一緒に食卓を囲んで、みんながはしゃいでいるのが分かる。
「棗、泊まっていけば?」
「・・・どこに俺の部屋が残ってるって?」
「あはは!だよなー★」
テンポがいいのは、キョーダイの中でも三つ子という特殊な繋がりがあるからなんだろう。
梓さんの言葉に、ため息まじりで答えた棗さん。そしてそれを見てケタケタと楽しそうに笑ったのは椿さんだ。
正直なところ、棗さんの言葉にどきりとした。
今私が使っているあなたの部屋、いつでも帰って来てくれていいのに、なんて。
そう考えている自分のいやらしさに、ほんの少しだけ苛立つ。
―――何考えてんだろ。
叶うはずのない願いを、何度。
食事を終えると、家族の団欒の時間。
なんとなくいつも、自分がそこに居てはいけない気がしてすぐに部屋に戻ってしまう。
今日は棗さんが居るから少しでも傍にいたいと思ったけれど、彼の隣には、絵麻が居る。
そんなの、見たくないんだよ?
私がどれだけ心の中で一人ぼっちか、知らないでしょう。
苦しい胸をきゅっと押さえながら、私は自分の部屋に戻った。
何か、気を紛らわせないと泣いてしまいそうだと、近くにあったファッション誌をパラパラとめくりながら、結局思うのは棗さんのことばかりだ。
こういう服、好きかなとか。髪型、どういうのが好みなんだろうとか。
そう考えていると、誰かがやってきたらしい、インターホンの音が部屋に響いた。
「・・・・・・はい?」
扉の隙間から恐る恐る確認すると、棗さんが立っていた。
「悪いな、休んでるところ」
「いえ・・・あの、どうしたんですか」
「頼みがあるんだ」
・・・私に?
「ベランダ、貸してくれないか」
本当は、嫌い。
タバコなんて臭い上に煙たいだけ。
それなのに、どうして好きな人が吸っているのは平気なんだろう。
私の部屋のベランダで、棗さんがタバコに火をつけた。
その仕草を、じっと見つめていたいと思いつつも、ただ私は夜の景色を見下ろしながら、視界の端に捉えることしかできなかった。
「変わらないな」
「・・・え?」
ふっと、その唇から煙を吐き出した。
何でもない、当たり前の仕草なのに、どうしてか私はドキドキしてしまう。
「ここから見る景色は、全然変わらない」
「・・・そう、なんですね」
当たり前かもしれないけれど、この家に住んでいた頃の棗さんのことを知らない。
「変わらないのに、時々無性に見たくなるときがあるんだ」
思い出を懐かしむように、優しい瞳をした彼が、手すりに凭れて微笑んだ。
「・・・・・・何かあったんですか?」
恐る恐る口を開けば、タバコをくわえたままの棗さんが、私の頭をぽんぽんと撫でた。
・・・どういうことだろう。
知らなくていい?
お前には関係ない?
余計なお世話?
わかんない、けど。
「・・・いつでも、帰ってきてください」
近くにいるのに、遠くに感じるこの距離が苦しくて、思わず偉そうなことを言ってしまった。
「いえ、あのっ、今のは・・・!」
「・・・ありがとな、時々甘えさせてもらう」
携帯灰皿にタバコを押し付けながら、また煙を吐き出した。
「本当はもう一つ用事があったんだ・・・いや、こっちの方が大事なんだが」
ガサガサと、鞄の中から取り出したものを、無造作に私の前に差し出した。
「お前に」
「・・・・・・え?」
「何だよ、そんなびっくりすることでもないだろ。卒業祝い、ってやつだ」
驚いて固まっていた私の手に、強引に握らせた。
「開けても・・・?」
「・・・返品は受け付けてないからな」
視線を逸らした棗さんが、なんとなく照れくさそうな顔をしている・・・気がする。
まさか、こうして二人きりになれると思ってなかったし、さらにプレゼントまでもらえるなんて、一体何が起こっているんだろうか。
綺麗にラッピングされているリボンをほどいて、包を開けた。
可愛い小さな箱の中に並んでいたのは、ピアス。
「・・・棗さん、あの」
「気に入らなかったか?」
「・・・とても、かわいいです、ありがとうございます」
どうしよう、泣きそうだ。
「貸してみろ」
「・・・え?」
小さな箱から、華奢なピアスの片割れをつまむと、私の耳にそっと彼の指が触れた。
くすぐったいのと、ドキドキとで、どうしていいか分からない。
「うん、似合ってる、な」
満足気に微笑んで、それ以上言わずに部屋に戻ろうとするから。
「棗さん、あの・・・私・・・っ」
この想いを伝えてしまおう。そう思って口を開けば、瞬間、ふわりと香ったタバコと棗さんの匂い。
腕の中に居ると気がついたのは、数秒後。
「どうしようもなく塞いでる時とか、この景色見てると落ち着くんだよな。」
「棗さん・・・?」
「・・・いや・・・今日はただ、勇気が欲しかっただけだ。さっきのプレゼントも、卒業祝いなんて後付けみたいなもんだからな」
一層その胸に押し付けられれば、棗さんのドキドキが伝わってくる。
嘘じゃないよね、これって、これって―――。
「俺・・・お前のこと好きなんだが、文句ないだろ」
あなたが好きですが何か
2015.03.30〜2015.05.05
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