「・・・・・・ごめんね、斎藤くん」
待ち合わせをした駅で、改札を潜った彼女が小走りで俺のもとへやってくるとそう言った。
その謝罪の言葉は決して俺を待たせたことに対してではないとわかっている。
「否、あんたこそ」
「ううん、付き合ってくれてありがとうね?」
申し訳なさそうな笑顔を俺に向けると、目的地へと歩き出した。
彼女の視線の先に誰が居るのかなど、疾うに知っていた。
だが、その相手である総司に、つい2週間前恋人が出来たと聞かされた時、俺は彼女に何も声をかけられずに居た。
6限目の講義を終えて、駅へと向かう大学の帰り道。
『そうなんだ!おめでとう!・・・あ、じゃあ今度の・・・あれ、他の子にお願いするから、大丈夫!』
『随分前から約束してたのに、ごめん』
『ううん、平気!』
『本当にごめんね?彼女意外と嫉妬屋さんでさ』
『あはは、沖田くんのこと、大好きなんだね』
彼女の瞳が揺れているのに気づきながら、ただ、その会話を聞いていることしか出来なかった。
直接、総司のことが好きだと言われたわけではなかったが、総司を見つめる彼女の瞳を見て、気づかない訳など無い。
講義の時、わざと総司の斜め後ろに座るのも、学食で、正面に座るのも。
その瞳がいつも追いかけているのは、探しているのは、総司ただ一人だった。
『じゃあね、』
駅で総司と別れたあと、彼女と二人、ホームで電車を待っていた。
『・・・・・・斎藤くん』
ぼんやりと、線路に視線を落としたままの彼女が、ポツリと呟いたのは間違いなく自分の名前だと、ゆっくりと彼女を見やった。
『再来週の日曜さ、時間あるかな。お願いがあるんだけど』
『・・・特に予定は無いが』
そう答えれば、よかった、と安堵した彼女の頬が緩んだのにホッとした。
『斎藤くんは高いところ嫌い?』
『否、特別苦手というわけではないが・・・・・・』
『じゃあ、決まりね』
「観覧車に、乗りたかったの」
駅から目的地へと向かう途中、遠くからでも確認ができるそれを指さしながら彼女が言った。
「そうか」
「うん」
彼女にかける言葉を、この2週間ずっと探していた。
しかし、浮かんだ言葉はどれも声に出せずに、彼女の隣を歩いてやることしか出来なかった。
想いを伝えられずに破れた恋を、たったの2週間で忘れる筈などない。
今にも泣きそうなその顔を、どうにか笑顔に出来ればと、焦れば焦るほど、頭は真っ白になっていった。
結局その顔を笑顔に出来るのは、総司だけなのだ。
「高いところ、好きなんだよね」
向かい合って座った彼女が、窓の外を見下ろしてポツリと呟いた。
「・・・・・・そうか」
「展望台とかとは違ってさ、動いてるじゃない?自分が飛んでるみたいな気分になるの・・・・・・あ、バカって思ったでしょう」
「否・・・・・・、」
総司しか映していなかったその瞳が、俺を映した。
「私ね、沖田くんのこと、好きだったんだ・・・」
「・・・・・・ああ」
「やっぱりバレてたよね?私わかりやすいって言われるんだけど、沖田くんは案外自分のことには鈍いみたいでさ」
コツン、と窓に額を寄せて、泣きそうな顔を逸らした彼女をただ見ていることしか、出来なかった。
「ねえ斎藤くん。てっぺんまでのぼったらさ・・・・・・沖田くんのフリしてくれる?」
「何・・・・・・」
「・・・・・・別にさ、信じてなんかなかったんだよ?恋占いだとか、ジンクスだとか。でも、そんなのにも頼りたくなるくらい必死だったの」
あと少し。
一周20分足らずの観覧車は、焦らすようにゆっくり上へと登る。
彼女が望むなら、いくらでも付き合おう。
俺にできることはおそらくそれくらいしか無いのだから。
すう、とひとつ深呼吸をした彼女が姿勢を正して、真正面から俺を見つめた。
おそらく今、総司を重ねたのだろう。
「・・・・・・好き」
彼女の口から出たその言葉に、錯覚した。
俺自身のことが好きだと、そう、言われているような気がして。
この早まった鼓動の理由など、頭で考えるのは、無意味だろう。
総司と、彼女と、俺と、この3人の関係が、大人になっても続けばいいと思うほど、居心地がよかった。
彼女が、総司に恋をする前までは。
ドキドキと、うるさく打つ心臓の音のせいで、総司になりきれるはずなど無かった。
「・・・俺も、あんたが好きだ」
「・・・・・・・・・っ」
途端、口元を両手で覆った彼女の瞳に滲んだ涙が頬を伝った。
「・・・・・・大好き、」
潤んだ瞳はおそらく、俺など映していないだろう。
両手で隠すように顔を覆って、背中を丸めた。
「好き、好きなの。沖田くんが・・・、一番・・・」
吐き出された総司への想いを聞き続けて、残りの半周があっという間に終わっていた。
「・・・ありがとう」
観覧車から降りれば、頬を伝う涙の跡を拭いながら彼女が言った。
「すまない・・・」
「ううん、すっきりした。えへへ、ごめんね、付き合わせちゃって。私いま、すっごいひどい顔してると思う。直して―――」
今別れたら、彼女はもしかしたら戻ってこないのではないか、何処かへ消えてしまうのではないか。
そんな風に過ぎった不安が、無意識に彼女の腕を捉えていた。
「・・・そのままで、良い」
「え?」
「今のあんたは、綺麗だ」
「・・・斎藤、くん・・・?」
一途な君に、恋をした。
それは、
好きから始まる物語
END
2014.11.20〜2015.03.30
back |