「・・・・・・髪を、切ったのか」

「あ、斎藤くん。・・・・・・分かった?」

玄関でふと見えた横顔が間違いなく彼女だった故、思わずそう口をついて出た言葉に、彼女は物足りなさそうに後頭部を撫でながら、明るい声で笑った。

先週金曜日、いつものように“バイバイ”と手を振って教室を出て行った彼女が、別人のようになっている。

風になびくとふわりと綺麗に舞うその、背中まであった栗色の髪は、うなじを隠すこともできないくらいに短い。

「・・・あ、切ったのかどうかじゃなく、私だって分かったかどうかって意味ね」

それでも彼女が髪を短くした理由を、ただの気分転換なんだろうかと思う訳などなかった。

何より、彼女が想いを寄せていると言っていたあの人のことを、俺は飽きるほど相談されていたのだ。

「かなり、短くしたのだな。一瞬別人かと・・・」

「あはは、やっぱり」

上履きに履き替えて、彼女と一緒に教室へ向かった。

「斎藤くんにはちゃんと話さないとね。昼休みか放課後、少し時間もらえる?・・・まあ、もしかしたらクラスでもう噂になっちゃってるかもだけどね」

困ったような顔をして見せた彼女に、ただ一言、肯定の返事をすることしかできない自分が、苛立たしかった。

気の利いた言葉の一つくらい言えないものかと、自分の知っている語彙をかき集めたところで、そんなもの出てはこなかった。

総司のように器用ではないし、平助のように素直でもない。

無愛想だとか、口下手だとか、自分にはあまり良い印象の言葉はついて回らないなと、彼女の隣を歩きながら、出そうになったため息を飲み込んだ。

「おはよー」

既に開け放たれていた教室の入口をくぐると、チラチラとクラス中から彼女に視線が刺さっているのが痛いほどわかる。

「えー・・・っと、振られましたーー!あはは、思い切って切ってみた、ねえ、似合うかな?」

先程見たのと同じ、また、切った髪を後悔でもしているかのように後頭部に手を当てながらそう言った。

その中心にいる彼女が、どんな思いで居るかなど―――




『斎藤くん、相談があるの』

『俺に?』

『うん』

『・・・・・・何故俺なのだ?』

『土方先生と、仲良しだから』




ただの、クラスメイトだと思ってた。

あまり話すことなど無かった故、あの日急に声をかけられて驚いた。

2年の春―――ちょうど、今から1年前くらいだろう。



『私、先生のことが好きなのね』

『なっ・・・・・・あ、あんたは、何故そのようなことを恥ずかし気も無くっ・・・!』

『十分恥ずかしがってるつもりなんだけど!?って、なんで斎藤くんが真っ赤になるの!?』

『す、すまない・・・・・・いや、少し驚いただけだ・・・そうだな、別に誰を好きになろうと、個人の自由だからな』

『ねえ、自分を納得させるように話すのやめてくれる?斎藤くんって優等生だと思ってたけど、意外と不思議キャラ?』

『ふし・・・?』

『じゃなければ天然?』

『そ、そのように言われたことは・・・無いが・・・』

『まあ、そんなことどうでも良いんだけどさ、土方先生の―――』




彼女がどれほど先生を思っているのか、先生の話をするたびに、嬉しそうに笑うその顔を、いつの間にか夢中で見つめていた俺に、あんたは気づいていないだろうな。




『告白は絶対できないよね、卒業してからじゃなきゃ』

『土方先生は、生徒と教師である自分の線引きを間違いなくする人だろう』

『・・・ね。でも、来年受験生になるじゃない?私、このまま先生のこと考えながら勉強とか絶対できないと思う』

『古典の成績だけは良いようだがな』

『だ、だけって・・・・・・まあ、さ。褒めてもらいたいから特別気合だって入るよ』

『その気合は、ちゃんと結果として表れたのか?』

『うんっ!!褒めてもらった!!こないだの模試も、よく頑張ったなって頭撫でてくれたんだよ?えへへ・・・』






「・・・・・・わっ・・・な、斎藤くんっ・・・!?ちょっ、」





彼女が、どんな思いで居るかなど、痛いほど分かる。







気がつけば、彼女の腕を引いて教室を出ていた。

かすかに、俺たちを揶揄するようなクラスメイトの声が聞こえたが、そんなこと今は、どうだっていい。

あのまま彼女を教室に置いておけば、頭の悪い男子生徒にも、恋愛話が好きな女子生徒にも、きっかけになった金曜日のことを聞かれるに決まっている。

そうすれば、彼女はどうなる。

痛い胸を痛いと言えずに、笑い飛ばすことしかしないだろう。

誰が好き好んで、好いた彼女が辛い思いをするところを傍観したいと思うか。



「斎藤くんっ!どうしたのっ!?ねえっ・・・」

彼女の腕を引いたまま、ずっと足早に歩き続けて、たどり着いたのは、いつも彼女と話をしていた視聴覚室。

中に入り、やっと彼女の腕を離した。

「・・・すまない」

「急に、どうしたの?」

先程まで彼女の腕を掴んでいた左手を、きゅっと握り締めて、後ろに居る彼女に向き直った。

「・・・・・・あんたが無理に笑っているのを見ていられなかっただけだ」

「私・・・・・・なんで無理してるって」

「本当の、あんたの笑顔を見たことがあるからだ、といえば納得するか」

「・・・本当の?」

「土方先生の話をしている時のあんたの、幸せそうな笑顔だ」

「・・・私、幸せそうに笑ってたんだ?・・・はは、本当馬鹿・・・っ」

ぺたりと力なく床に座り込んだ彼女に慌てて、大丈夫かと声をかければ、か細い声が返ってきた。

「やっぱり・・・言わなきゃ良かった」

震えるその肩を、抱きしめてやりたいと思いながらも、触れることすらできなかった。

紺色のスカートにぱたぱたと溢れるそのシミを見ていられなくて、視線を逸らした。

「土方先生さ、やっぱ斎藤くんの言うとおり、教師と生徒だからって、言ってた」

「・・・・・・・・・」

「でもね?それだけならさ、卒業してからまた告白すれば良いかと思ったんだけど・・・っ、大切な、人がいるって・・・言って・・・」

それが本当なのか、彼女を諦めさせるための嘘なのか、どちらにしても、尊敬していたはずの土方先生を、今、ほんの少しだけ恨めしく思ってしまう自分。

「もう、良い、話さなくても・・・」

「それはやっぱり、私なわけなんて、なくてっ・・・だからっ」

「辛いだけだろう。もう何も」

「溜めておくほうが辛いっ・・・お願い、聞いて・・・?」

俺にすがりつくように、両の腕をがっしりと掴んできた彼女が、涙で濡れたその顔をあげて懇願するその様子に、我慢などできるわけが無かった。

「・・・さい、と・・・」

「あんたの泣いてる顔を見ているのは俺も辛い。このまま、聞いていても良いだろうか」

床に膝をついて、座り込んでいる彼女を俺の腕の中に閉じ込めた。

この、落ち着かない鼓動に気付かれても、構わない。

「斎藤くん、制服・・・汚れちゃう・・・離してっ」

「こんな時でも、あんたはそのようなことを気にするか・・・自分のことだけ考えていれば良い」

「・・・優しくしないで、」

そうぽつりとつぶやきながら、俺から離れるどころか、ぎゅっと腰にしがみついてきた彼女を守ってやりたくて、今度は強く、抱きしめた。





ずっと好きでいさせて





「・・・そう、言ったのか」

「ん。私の運命の人が先生じゃないなら、多分いつかはほかの人を好きになるから、それまで、先生のことを好きでいさせてくださいって、言った」

「土方先生は・・・?」

「困った顔して、好きにしろって笑ってた」

「・・・・・・そうか」

「ねえ斎藤くん」

「なんだ」

「風紀委員がホームルームと1限サボって良いの?」

「・・・・・・嫌なことを思い出させるな」

「ごめん・・・・・・ふふ」




あんたが、もう一度ちゃんと笑えるのを、見届けたかった。

いつか土方先生への想いが薄れて、ほかの人を好きになると言った彼女の相手が俺であればいいと、心から願う。



END


2014.04.26〜07.06

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