「そ、総司ぃぃぃ!!!」
「あっははははは」
「待て!ばか!」
「待たないし、バカじゃないし!じゃあね」
3年の教室がある3階の窓を開け放ち、下にいた総司と3階の私との、大声のこのやりとりは、きっと学校中に響き渡っているだろう。
―――颯爽と走って消えた彼の自転車の後ろには、付き合って2年だと言っていた彼女が乗っていた。
総司の腰に回された彼女の華奢な腕とか。
横座りしてスカートを抑えているその仕草とか。
いちいち女の子らしい彼女がとても羨ましい。
私も、もう少し、しおらしくありたいと―――そんなの、きっとみんなに笑われる。
嫌い、だから好き
中学からの、腐れ縁、とでも言うべきか。
ずっと彼と6年間同じクラスで。
来年、大学進学が決まっている私たちは、そこでやっと、道を分かつ。
大学はそう遠くはないけれど、毎日のように顔を合わせていた彼と、離れることが私には考えられなくて。
「ばか総司・・・」
中学1年なんて、まだまだ子供だった。
その頃からの関係性が抜けない。
しきりに嫌がらせをしてくる彼を、私が追いかける。
けれど、足の速い彼には追いつくことができなくて、いつも逃げられてしまう。
仕返しなんて、出来た試しがない。
例えば、好きな女の子に嫌がらせをするだとかそういう可愛いやつなのかな、とも一時期思っていたけれど、高校1年のときに“彼女が出来た”と私に嬉しそうに報告する総司
を見て、
その予想は100パーセント間違っていたのだと思い知らされた。
“どうせすぐ愛想つかされて振られるんだから”
と言ってやれば、べー、と私に舌を出して走って逃げた。
とてつもなく悔しくて、私も彼氏を作ってやろうと意気込んでいたのに、結局独り身のまま高校生活の終が迫っている。
だから、卒業する前に彼に、この6年間の仕返しをしてやりたいのだ。
「おはよー」
「・・・・・・」
「あれ、シカト?・・・・・・えい」
「い、いひゃい、ふぁか!」
「あははは、変な顔」
私の両頬をつねって楽しそうに笑う、その笑顔に腹が立つ。
「・・・シカトするからだよ」
「ふん。昨日当番サボったから怒ってんの」
「ごめん」
「・・・え」
「ごめんてば。今日はちゃんとやるから、ねえ、こっち向いてよ」
甘えるようなその声を、どこで覚えてきたんだ、と少し苛立ちながら総司の方をちらりと見れば
「ぷっ・・・あはははははは!あ、あはは!!!!!・・・・・・って、ばかっ!!!」
思いっきり変顔をした彼を見て、爆笑してしまった。
怒ってるって、言ってんのに。
「って」
ペチ、と総司の頭を叩いてまたすとんと席に着いた。
いつもこうだ。
総司のペースに巻き込まれる。
むかつく。
放課後、本当にさぼらずにちゃんと残っている総司にびっくりして。
「あれ、帰らないの?」
「今日はちゃんとやるって言ったでしょ?」
「・・・・・・明日は雪が降るのかな・・・」
「失礼。・・・・・・君に話があるから。時間つぶし」
「え?」
「そういうわけだから、そっちも終わったらすぐ帰らないでよ」
そうして、クラスメイトとトイレ掃除に向かった彼の背中を、私はぼーっと眺めてしまった。
・・・話があるって、何の?
「・・・あれ、本当に待っててくれたの?」
「は!?話があるって言うから・・・・・・っ」
「あ、うん、それは本当なんだけどね。嘘だと思われて帰ってるんじゃないかと思った」
「・・・・・・あんたとは違うの」
自分の席に腰掛けていた私の、正面の席の椅子を引いて、跨いで座った総司は、机に頬杖をついて私の顔をじっと見つめてきた。
夕日が差し込む教室で、校庭からは部活をやっている生徒の声がかすかに聞こえる。
「・・・・・・黙ってれば、可愛いのにね」
「・・・え、なにっ・・・」
「いや、さ。ネタばらししようと思って」
「は?何の・・・」
「彼女と別れたんだ、昨日」
特に、悲しそうな顔もしない総司の真っ直ぐな瞳から、目をそらすことができなくて。
「・・・ば、ばーか。ほら、言ったじゃない、愛想つかされてフラれ・・・」
「フラれたっていうか、フラせたっていうか」
「わけ、わかんない・・・なに?」
「うん、だから、本気じゃなかったっていう落ちなんだよね」
―――は?
「彼女。告白してきたからちょうどいいやと思って付き合ってたけど、やっぱり全然面白くなかったし」
「だ、だって、じゃあなんで2年も一緒にっ」
「だから、君へのいつもの嫌がらせ」
「なに・・・」
「僕の方が先に恋人が出来たよって、自慢したかっただけ。それから―――った」
手が、痛い。
「最っ低・・・!!!」
初めてだ。
誰かを平手打ちするなんて。
こんなに手がヒリヒリすると思わなかった。
でもそれ以上に、総司がそんなひどいことしてたって思った心が痛くてたまらなかった。
相手の女の子の気持ちを考えたら、だって・・・悲しすぎる。
「待ってってば!!」
「ま、待た・・・ない。ばか・・・・・・離してよ・・・」
走り出す元気もなかった。
力が抜けてしまって、立ち上がった私の腕をがちりと掴んだ総司が、不安気な声で言った。
「どうして君が泣くの?」
「・・・・・・あんたが最低だから。もう知らない。ばか」
「人の話は最後まで聞くもんだよ」
「・・・聞いたって、私は・・・」
「君に嫉妬して欲しかったんだ」
・・・え?
掴まれていた腕が急に引っ張られたかと思えば、彼の胸の中によろめいて、そのままぎゅうと後ろから抱きしめられた。
「もちろん、彼女には悪いことしたなって思ってる。僕だってそんな冷たい人間じゃないし。
でも“私も彼氏作る”なんて意気込んでる君が、嫉妬なんてこれっぽっちもしてくれないんだって思って、彼女を好きになろうと努力もしたんだけど、だめだった」
腕に込められた力が強くなって、彼の体温と匂いがすぐそばから伝わってくる。
私の左肩に沈められた彼の頭が重たい。
「・・・ずっと、ずっと君のことが好きだったんだ」
こんなにか細い、彼の声は初めて聞いた。
自信なさげに呟いたその小さな言葉は、私の胸を熱くさせる。
「・・・バカじゃないの」
「そうだね」
「・・・私が嫉妬してないってなんで思ったの?」
「え・・・」
「・・・・・・私は、ずっと嫉妬してた」
緩められた腕の隙間から、後ろを向いて、総司の顔を覗き込めば、今まで見たことのないくらい、顔をほころばせて笑ってた。
その笑顔は、ずるいと思う。
「なんだ、じゃあ、僕らずっと両思いだったってこと?」
「そう、なんじゃないの」
「あれ、冷たいなあ。君は言ってくれないの?ほら、好きって言ってごらん?」
「調子に乗るな、ばかっ!!」
「あはは。やっぱり君といるのが一番楽しい」
「・・・・・・総司」
「ん?」
「・・・大好き」
目を丸くして驚いた彼に、6年間の仕返しは大成功だと思った。
END
2014.02.22〜04.25
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