hajime's birthday 2015
plastic smile/はに
「あー、あと数時間で年が明けちまうのかー、信じらんねぇ」
「ね!あっと言う間〜。大人になるにつれて時間の感覚短くなるって言うけどさ、毎年毎年短く感じるんじゃないの?だってうちの親とか自分が何歳かが曖昧なんだよ。末期だよね」
「なまえ!怖いこと言うなって〜〜!俺は一年一年を噛み締めて生きる!」
「・・・・・・その割に成長してるようには見えないんだけど」
「うるせーな総司!!俺は俺で必死に生きてんだよ」
初詣客で賑わう、比較的大きな神社に向かう道すがら。
口を開くたび、吐く息が白くなって消えていく。
寒い寒いと、コートのポケットに両手を入れたままのみょうじが急に俺の顔を覗き込んだ。
「ねえ、斎藤。聞いてる?」
「あ、ああ・・・」
キラキラとしたその大きな瞳に見つめられる度、いつも慌てて視線を逸らしてしまう。
好きだと意識したのは、いつだったか―――
俺とは正反対な人間であるという第一印象は、こうして2年近く交流がある今も変わらない。
表情が豊かで、その笑顔で周りの人々を魅了し、思ったことを真っ直ぐに言葉にする。
ただ、そこに居るだけで、人が集まる。
俺もその中の一人に過ぎないのだと気づき、肩を落としていた時にはおそらくもう、彼女に魅了された後なのだろう。
高校3年。まもなくセンター試験が控えている。
みょうじは大学に、平助と総司は専門学校に行くと言っていた。
俺もまた、みょうじとは別の大学へ進学する予定だ。
分かれてしまう進路に、今のようにこうして4人揃って会うことができなくなるだろうと皆口には出さぬがわかっているはずだ。
彼女とこうして話すようになったのは、2年、総司とみょうじが同じクラスになってからだ。
クラスは違えど、総司と二人で弁当を持って、俺と平助のクラスに来て昼休みを過ごしたり。
テスト前になれば図書館で共に勉強をすることもあった。
だがそれには、すべて総司が居るからなのだと、気付きたく無かった。
「だからさ、来年の句は校内に掲示するか、本人に書き初めしてもらおうと思ってるんだよね」
「あはは!土方先生災難〜〜っ!その発想最高なんだけど」
いつも、だ。
彼女の隣には総司が居て、本当に楽しそうに、笑う。
きっと、彼女が俺の隣に居たとしても、同じように笑わせることなど出来ぬだろうと、ただ二人の様子を眺めることしか出来なかった。
もうすぐ、年が明ける。
彼女が知っているかどうか―――否、知っていなくとも。
これまでのように会えなくなる前に。
「・・・えっ、」
「一君?」
その瞬間だけは、二人で居たいと―――
「何っ、なになにっ!?ちょっ、斎藤っ・・・!?」
自分でも、何をしているのだと思った。
気付けば、初詣客の流れを逆らい、彼女の腕を引いて歩き出していた。
引き返すことも、止まることもせず、ただとにかく、真っ直ぐに。
「どうしたの?」
「・・・すまない」
行き先など何処だってよかった。
彼女に問われて立ち止まったのは、先ほど到着した駅前。
掴んでいた腕を慌てて離せば、温もりが消えた手のひらを、冷たい風が揶揄うように撫でていった。
初詣客らしい人々が少しずつ改札を潜って、俺たちの横を通り過ぎて行く。
「何処か行きたいところでもあった?先に言ってくれたら全然付き合う―――」
「否、そうでは、無いのだ・・・」
「斎藤?」
先程から黙り込んでいた俺を不思議に思った彼女はまた、あの瞳で俺を見つめる。
何故こんなにも、心臓が跳ねるのか。
そもそも、思い返せばこのように彼女と二人きりになったことなど無かったかも知れぬ。
今はただ、二人で居たかった。
そう言ってしまえば彼女はなんと思うだろうか。
「・・・あんたは、総司を・・・その・・・」
「うん?」
彼女のように真っ直ぐに、伝えられたら。
思うばかりで、結局言葉は出てこない。
「あ、」
「どうした」
「・・・・・・えっと、誕生日、おめでとう」
彼女が、確かめるように腕時計に視線を落としてそう言った。
新年の挨拶よりも先に祝われた自分の誕生日に、年が明けたのだと気がついた。
すると彼女は、ガサガサと鞄の中から取り出した袋を無造作に俺の目の前に差し出した。
「・・・これ、は」
「え、ちょっと!わかんないの!?プレゼントだってば!!」
「お、俺に、」
「他に誰が居るって?いらないなら良いよ」
「・・・い・・・いらないわけが、ないだろう」
彼女の手から受け取ったそれを、思わずじっと眺めてしまった。
今開けるべきなのか、それとも―――
ふと、彼女からの視線に気が付き顔を上げると、今度は頬を膨らませて、いつもの瞳は伏し目がちに逸らされた。
「無理、しなくていいよ・・・・・・いらないなら総司にあげるから」
せっかく二人きりになったと言うのに、その名が浮かぶのか。
こうして俺の誕生日のことも、おそらく総司から聞かされていたに違いない。
「やはり、あんたは総司を好いているのか」
俺の中には、いつだって二人が隣同士肩を並べて居た記憶ばかりだ。
もしかしたら、総司と二人でこれを選びに―――
「・・・は!?どうしてそうなるの!?・・・・・・斎藤って、頭良いのに信じられないくらい鈍いよね。まあわかってたけど・・・斎藤が私に興味ないって」
「興味が無いなどと、何故そのような結論に至った」
大きなため息をついた彼女から、ほう、と白い息が漏れた。
寒さで、鼻の頭も頬も赤くした彼女の、不貞腐れたその顔。
「こっちがいくら頑張って近づこうとしたっていつもすぐ目を逸らすし。会話だって、ああとかそうだなとか、相槌で終わっちゃうし。・・・・・・私と二人で居たって、斎藤は別に楽しくなんて無いんでしょ」
いつだって俺は彼女を想っていたし、ずっと見ていた。
ただ一方的で、叶うはずがないと、募らせるだけ募らせた想い。
だがそれは、留めておくだけでは、全く意味など成さないのだと―――
またコートのポケットに両手を入れて、俺の横を通り過ぎようとした彼女の腕を掴んで引き止めた。
「・・・斎藤?」
「何を勝手に決めつけている。あんたをここまで連れてきたのは、この瞬間に、二人で居たかったからだ」
俺を見つめた、大きな瞳。
今なら、伝えられるだろうか。
募らせ続けた想いを。
「興味がないなど、寧ろその逆だ」
何をどのように伝えるべきか、どう話したら伝わるのか。
何も考えてなど来てはいない。
だが、これだけは、間違いなく―――
「あんただから、傍に居たいと思ったのだ」
はっと我に帰ったのは、彼女の瞳が段々と潤み、表情が崩れ始めたからだ。
寒さすら、忘れていたと思う。
雑踏も、静寂のような気さえしていた。
「さ・・・・・・、斎っ」
眉間にしわを寄せ、揺れる彼女の瞳に、どうして良いか分からなかった。
言い訳のようにただ、言葉を並べることしか出来ない。
「だからだな、総司ではなく、俺が・・・・・・その、・・・なまえの、傍に、居たいと」
「・・・い、今、名前で呼んだ・・・?」
「そ、そのっ・・・今のは、だな、」
ずっと、心の中で呼んでいた。
いつかそう、呼べたらと思っていた。
慌てる俺を見て、クスリと笑った彼女が、目の端の涙を拭いながら口を開いた。
「良いの、嬉しいの。だってね、・・・・・・斎藤の傍に私も居たいから、だから総司にお願いしてたの。総司の近くに居れば、ほら、絶対斎藤の・・・・・・はじめの・・・傍に、居られるでしょ?」
今まで見たことのない、柔らかい笑顔。
コートに入っていたはずの手が、そっと俺の右手に触れた。
それは、決して思い違いなどではなく、互いの想いが触れた瞬間だったのだと。
「それは、つまり・・・その、俺を、」
「・・・女の子に言わせる!?」
「違うのだっ、待て、ちゃんと俺がだな・・・」
「・・・・・・ぷっ、良いよ、じゃあ、せーので言おう?」
「わ、わかった」
「せーの、」
ずっとあなたが好きでした(ねー、どうしたらいいと思う?)
(いや絶対俺ら忘れられてんだろ)
(出て行ってみようか)
(お前バカか!?一君に殺されるって!)
(あはは、望むところ。僕負けないけどね?・・・一君!なまえちゃん!)
(あーあ、・・・俺知らねえ)
END
plastic smile/はに