今朝の、テレビの占いは7位だった。
中途半端なその結果に、さえない一日になるだろうな、となんとなく思っていた。
自分の順位が分かったからもういいやと、人気ナンバーワンの女子アナが読み上げようとした一言を聞く前にテレビを消した。
エンドレス嘘つき
「申し訳ありませんでしたっ!!」
私がミスをしたわけではない。
けれど。
教育中の新人がミスをした責任は私にある。
この間買ったばかりのぴかぴかのパンプスを見つめながら、私はもやもやした気持ちでいっぱいだった。
こうして頭をさげるの、何度目だろう。でも別に、新人君にどうこう言おうとは思わない。
彼だって、悪気があってミスをしている訳ないのだから。
「はあ・・・」
終電を待つ駅のホームは殺風景。
会社があるのは、急行すら止まらない不便そうな駅。駅前にはコンビニが1軒あるだけだ。
新人君のミスをフォローしていたら、気付けばもうこんな時間で。
まだ片付けきらない仕事を残して、私は慌てて会社を飛び出した。
当たり前のように遅れている終電を待ちながら、私は安っぽいベンチに腰掛けてため息ひとつ。
刺激の無い毎日。
同じ事の繰り返し。
休日は、たまに友人と出かけるか、ほとんどはレンタルDVDで一人号泣する日々。
ご想像いただいたとおり、彼氏なんていない。
生ぬるい8月の風が通り過ぎていく。
ああそうだ、シャンプーが切れそうだったんだ。
そんな事を考えながら、開いた携帯のメールフォルダーには、既読済みのメッセージが並んでいる。
昔の自分に会えるなら、容赦なく言っているだろう。
“こんな”はずじゃなかったって。
頭上のスピーカーから聞こえた、耳障りなアナウンス。
『黄色い線の内側までお下がりください』
勢いを増した生ぬるい風を浴びながら、攫われそうになったスカートを押さえた。
来る時と同じくらい、最終電車に乗るのはスーツ姿の人たちばかり。
毎日よく頑張ってるな、と感心してしまう。自分も、この中の一人に含まれるのだろうけど。
速度を落として停車した電車の、私の目の前の扉が開いた。
不便な駅だから家賃も安いのか、降りる人も多い。
電車に乗り込もうと足を踏み入れた瞬間。
刺激なんて別に求めてなかった。
偶然が呼んだ私たちの出会い。
「すみません!!」
「へ・・・!?」
グラリと視界が揺れた。
プシュー・・・ガコン。
目の前で、最終電車が速度を増してホームを駆け抜けて行く。
乗るはずだった私を置き去りに。
「う、嘘ぉ・・・・・・」
尻もちをついている私の横で乱れた呼吸を整えているのは、私にぶつかってきた男の人だった。
見たところ、同い年くらいだろう。
「・・・あれ、ごめんね、大丈夫?」
やっと私に気付いた彼は、座り込んでいる私に手を差し伸べてきた。
この状況でなければ、きっと惚れてしまうだろう。
それくらい、整った顔立ちの人だった。
「・・・・・・大丈夫・・・じゃないの見て分かりませんか」
普段の私なら絶対に言わないセリフ。
どうして初めて会ったばかりの彼にこんなことが言えただろうか。
「えっと、ごめんね、どこか怪我でもした?」
そう言いながら、私の身体を見回す。
「・・・終電、だったんです」
「え?」
「終電に、間に合うはずだったのに、乗れなかったんです!!あなたが降りてきたせいで!!」
じと、と彼を睨んでみれば、私と同じく、ほんの少しふてくされた彼が呟いた。
「・・・・・・僕も、終電だったんだよね」
「はい!?」
「だから、僕も降りられなかったら困ってたって事」
「あ・・・あなたは、降りられたんだからいいじゃないですか!私にどうしろって言うんです!?こんな何もない駅で、タクシーでも拾えと!?
部下の責任背負って残業していた可哀想な私に、経費で落とせないバカ高い深夜料金払わせてタクシーで帰れと!?」
私は、座り込んだまま彼にやつあたりをしていた。
日々の溜まったストレスを吐き出すかのように。
すると彼は、綺麗なその瞳をすっと細めて、人が変わったように話しだした。
「自分で自分の事可哀想だなんて、どの口が言えるの?」
「は・・・」
「僕が、家で一人待つ子供の為に一生懸命毎日毎日働いて、やっと家に帰ってその笑顔を拝めるとホッと胸をなでおろしていた瞬間に、よくそんなこと言えるよね」
「・・・あ、」
そんなの、知らなかった。
だってあんまりさわやかに笑うもんだから、辛い事とか、悩み事とかなさそうに見えてしまったんだ。私、やつあたりなんてして・・・
申し訳なく、視線を落とした私に、一つため息をついた彼。
「嘘。僕、子供なんていないよ」
―――カチン。
ひきつった顔を隠す事も忘れてた。
ただ、とにかくそう、はらわたが煮えくり返るって、こういう事を言うのかと身をもって知った。
そんなの、一生知らなくてもよかったのに。
怒りたくても、この人と言い合っていても仕方がないと気付いた私は、鞄から定期を取り出して、改札へ向かった。
「ちょっと、どこ行くの?」
「ここに居たって仕方がないでしょう。・・・タクシー、拾うんです」
足早に歩き出した私の後を、彼がついてくる。
「・・・・・・ついて来ないでください」
「僕ん家がこっちの方向なの」
「・・・・・・」
ちらりと後ろを振り向いて、彼をみやると無意識に出たため息。
「ちょっと、何それ。失礼じゃない?」
私の隣に追いついた彼が、すこし不機嫌そうにそう言った。
「・・・・・・すみませんでした。ほっといて下さい」
「そんなにタクシー代払うのが嫌なら、僕ん家に来る?」
私は、一瞬耳でも悪くなったかと思った。
初対面の、しかも異性に、そんな事言う?
「大丈夫、可哀想な君に手なんか出さないよ」
明らかに警戒心を強めた私に、ため息交じりで彼は言った。
「なっ・・・!」
「沖田総司」
「はい!?」
「だから、僕の名前。君は?」
「・・・・・・みょうじ、なまえです」
彼の圧力のせいで、何だか不本意な自己紹介をせざるを得なかった。
別に、悪い人だなんて思ってはいないけど。
何を考えているか分からなくて、つかみどころの無さそうなこの人の事は、苦手だ、と思う。
「じゃあ、なまえちゃん。僕ん家来るの来ないの?」
馴れ馴れしく呼ばれた名前、でも、違和感がないのはどうしてだろう。
「大丈夫だよ、宿泊料なんてとらないから」
「・・・・・・本当に、何もしないですか?」
「・・・・・・して欲しいの?」
「ち、違います!!!!」
「ほら、早く帰るよ、僕明日も朝早いんだから」
「え!?ちょっ・・・・・・」
こっちだよと私の手を取って歩き出した彼が楽しそうな顔をしていたのは、気のせいじゃない。
彼が言った真実は、自分の名前くらい。
結局、全部全部嘘だった。
そんな嘘つきの彼の、虜になるまであと少し。
『新しい出会いの予感です!』
END
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