あの日からずっと、信号待ちのその先に、彼の姿を探してしまうんだ。

居るわけないって、わかっているのに。



「・・・・・・なまえ?」



居るわけ、ないって―――



色づき始めた世界




息が止まるなんて、そんなこと本当にあると思わなかった。


信号待ちの、先ばかりを見ていた私の背後から聞こえたその声を、間違えるわけなんてないから。

間違いなく総司がそこにいる、その事実にどんな顔していればいいのかもわからなかったけれど、私はゆっくりと振り返った。




「久しぶり」

「そう、だね・・・」

「こんなところで会うなんて、びっくりしたよ」

「あ、たまたまね、取引先に用事があって」




相変わらずの飄々としたその様子から総司の気持ちなんて読み取れるわけなくて、私は両手にぶら下げている紙袋の取っ手をクシャリと握った。

わかんない、わかんない。

・・・わかんない。

この再会を待ち望んでいた私、やっぱり馬鹿だったんだろうか。


それでもやっぱりドキドキしてしまう私の心臓はきっと期待してる。



「なまえ?」

「え、あ・・・」



信号が、青に変わった。

ぼんやりとしていた私の名前を呼んだ総司があまりに自然すぎて、まるで、付き合っていた頃に戻った気がしてしまった。

いけない。期待したら、絶対落ち込むって、それくらい分かってる。

また今日は私、ボロボロに泣くんだろうな。



「・・・ねえ、総司」

「何?」

「信号、渡りきったら、右?左?」

「・・・右かな」

「なにその曖昧な答え」

「なまえは?」

「・・・左」

「そっか、じゃあ・・・・・・バイバイ」

「うん」



あっという間に渡りきった横断歩道、あくまでも自然な彼は、立ち止まることもせずに私に手を振って歩き出した。




この先の、歩む道さえすれ違っている気がして、私の目にはじわりと涙が浮かんでしまう。




彼と同じ方向に行っていれば、何かが変わったんだろうか。

けれどこの、大事な仕事を放り投げるわけにもいかない。

本当は今すぐ彼を追いかけたいと思ってる。

追いかけて、抱きしめて、今でもあなたを好きだと伝えたい。

あの日言った言葉を覚えてる?って、聞きたい。




『次に僕らが会えた時は、運命かもしれないね』




そう、あなたは確かに言ったのに。




そもそも、総司も覚えているとは限らないことも、適当に言ったかもしれないことも、少し考えれば分かることで。

でも、彼の言葉を信じて、私は彼に縋って生きていた。

想い続けることで自分が存在してるみたいなそんな気がして、だから、この想いがずっと消えなかったんだと思う。



いつか電話が、いつかメールが来るんじゃないか。

いつか、私に会いたいと言ってくれるんじゃないか。

いつか、やっぱり君がいいだなんて、言ってくれるんじゃないか。



「・・・・・・っ」



多分、頭を下げに行くにはちょうどいい顔をしていると思う。

私はぐっと唇を噛んで、前を向いて歩き出した。







取引先に到着したら、そのタイミングで納品も到着した。

けれど、とにかく謝罪に行ったほうが良いだろうと、私は納品よりも先にエレベーターに乗り込んだ。


「あー・・・・・・もう、本当最悪、まあ結果、良いのか・・・」


わざわざありがとうとお礼を言われたけれど、これくらいしなければあなたたちは納得なんてしてくれないくらい怒っていたでしょうと、

そんな言葉は飲み込んで、私も安堵した笑顔で答えた。


ひとまず、報告しなくてはと会社に電話しようと携帯を開くと、メールが1件。





・・・・・・まさか、まさか。





驚いて、慌てて携帯をもう一度鞄にしまった。




だめだ、期待したら絶対落ち込むって、分かってるのに。

分かってるはずなのに。

それでも、私は期待する。



総司なんじゃないか―――




もう一度私は、落ち着いて携帯を取り出した。





【沖田 総司】





「・・・・・・っ」




もう、どれくらい待っていたかも覚えてない。

数えることすらしたくない、長い、長い間ずっと待ってた。

別れてから、一度も連絡をくれなかった彼の名前が表示されている。


なんで。

どうして。



さっきあなたは私とは反対方向へ向かったでしょう。

変わらないいつものあの、飄々としたその表情で、私に手を振って、歩き出したでしょう。



ひとつ深呼吸をして、私はメールを開いた。





“覚えてるかな。

ねえなまえ、運命って信じる?”




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