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二日目。

4年生の発表とディスカッションを終えて、大学の授業よりもハードな一日を過ごした。


「はーい!皆さん、ちょっと良いですか?」

食事を終えて、部屋に戻ろうとしたとき、みょうじさんがみんなに届くようにと、声を張ってそう言った。

なんだろうかと、周りがざわつき始める。

「あ、別に変な話じゃないから安心して聞いてね?実は、3年生の提案で花火を用意しています。でも強制ではないので参加したい人はこのあと8時に玄関に集合して下さい」

彼女のその言葉に、“俺は聞いてねえ”なんて顔して深い溜息をついていた土方さん。

きっとそれにも気づいたんだろう。

みょうじさんが僕の方に向かって大きく手を振りながら、にこりとピースサインをして見せた。



いまの無邪気なその笑顔は・・・・・・僕のもの、でいいのかな。

ドクン、と心臓が騒ぎ出した。




“せっかくだから、みんなが楽しかったって思える合宿にしたいんだよね。何か良い案ない?流石に毎年同じことやってると飽きるしさあ”

“花火とか、やったことありますか?”

“あ、それない!良いかも!う〜ん、でも、土方先生許可してくれるかな〜”

“内緒で用意すれば良いじゃないですか”

“土方先生が沖田くんに手を焼く理由がわかった気がする(笑)ありがとう。検討するね!”





「あ、沖田くん!」

「僕、参加しても良いですか?」

「・・・・・・あ、もしかして昨日のこと根に持ってる?ウソウソ。良いに決まってるじゃない」

そうして、僕の肩をぽんと叩いた彼女の細い指先。

その手に触れたいと思っていたのに、まさか彼女から触れてくるなんて思わなかった。

“沖田くん案外真面目なの?”なんて、また失礼な言葉を吐きながら、楽しそうに笑っていた。




「うおー!これ勢い半端ねえ!!ちょっ・・・!!」

「平助君、騒ぐなら土方さんの方に行ってくれる?」

「え、なに!?」

花火の音がうるさくて聞こえないのか、僕の言葉を聞こうと耳をこちらに向けた平助くんの手元にあった花火は、玄関の前でタバコを吸っていた土方さんに向けられた。

「花火こっち向けんじゃねえ!危ねえだろうが!」

「あははは!ライターの代わりに火もらっとけば良いじゃない」

「みょうじ、てめぇ・・・」


眉間に皺を寄せながら、ひきつった顔を見せた土方さんから逃げるように、彼女は僕の背中に隠れた。

その、指先が僕の腕に触れる。


「沖田くん、助けてー!」

「みょうじ、居残り一人合宿させるぞ」

「お断りしますー!・・・・・・よし、逃げよう!」

「え・・・・・・」


僕の腕をなぞるように、その指先が手のひらまで滑り降りた。

細くて、折れてしまいそうな小さなその手が、僕の手を引いて、夜の道を走り出した。



何が、起こっているのか。


これは、夢なんだろうか。


もしかして目が覚めたら、4年生の発表の途中とか、そういうオチだけは勘弁して欲しい。


多分、たったの数メートル。木々に囲まれていた合宿先の入口は見えなくなって、みんなの声も聞こえない。

道路を覆うように―――まさに緑のトンネルのようになって―――葉っぱの隙間から見える夜の闇は、どこか遠くに感じるくらい。

「あー・・・久々に走った!」

息を整えようと、肩を大きく揺らしてしんどそうに呼吸をしていた。

「大丈夫ですか?」

「え?あ、ごめんね、何か・・・ふざけすぎたかな」

「・・・たまには、良いんじゃないですか」

「沖田くんって、意外と優しいよね」

「・・・僕、どんなイメージなんですか?」

僕の質問に返事などする気はないのか、急にポケットから何かを取り出して、笑った。



「線香花火、やろう!」






道路の端に二人しゃがみこみ、彼女がライターを取り出した。

「それ、土方さんの?」

「うん。勝手に奪ってきた」

そういうことも、許される関係なんだろう。

ただのライター一本、それでさえ僕を嫉妬させる。

「勝負ね。負けたら勝った方の言うことを聞く」

「・・・・・・そんなこと、言って良いの?僕、負ける気しないんだけど」

そう言ってやれば、彼女のきょとんとした顔が僕の方を向いた。

「・・・沖田くん、敬語じゃないの、新鮮」

しまった、と思ったときにはもう遅かった。

別に彼女の前で猫を被っていたわけでもないけど、やっぱり年上ってこともあって敬語が抜けなかったんだと思う。



そして今、二人きりのこの空間に、どうやら僕は相当調子に乗っているらしい。



「・・・・・・あ、まって、謝らなくていいからね」

ね?と、僕の顔を覗き込むように笑った彼女が、線香花火に火をつけた。



「やっぱり、綺麗」

「・・・・・・うん」

二つ並んだ線香花火が、チリチリと燃えていく様子をじっと眺めていた。

正直僕には何かを考える余裕なんてこれっぽっちもなかった。

隣にいる彼女に意識を全部持って行かれてしまっていて、ただぼんやりと、僕は、その火を見つめることしかできなくて。

勝ったらどうしようとか、負けたら何を言われるだろうとか、そんなの、どうでもよかった。

ただ今、となりに彼女がいるそのことがあまりに幸せで。

心臓のドキドキが指先にまで伝わって、多分震えていたんだろう。

僕の花火が、先に落ちた。






「勝負事には強いつもりだったんだけど」

「残念でした」

「何でも、言うこと聞きますよ」

「・・・・・・じゃあ、ね」

消えてしまった線香花火にもう一度視線を落として、考える素振りを見せた彼女が口を開くのを待った。


街灯もない、木々に囲まれたその場所に、葉っぱの隙間から月の光が漏れている。

彼女の横顔に射したその光がとても綺麗で、まつげが頬に影を落とす。

いつも明るく笑う彼女が、こうして静かに何かを考えているのは初めて見るかも知れない。

人差し指と親指でつまんだままの線香花火は、指先をこすれば、くるくると踊る。

さっき僕に触れた指。

何かを言いたそうに、少し開いたままの唇。



僕は、多分、ずるい。




彼女が僕に何をお願いするのかと、気にはなったけれど。

その頭の中は多分、僕のことを考えてくれているんだろうと思ったら。



僕を、一瞬でも想ってくれてるその瞬間を、今だけでいいから、欲しいと思った。




ゆっくりと、彼女の顔を覗き込むように、唇を重ねた。



抵抗されても仕方ないなって思っていたのに。






「こう・・・したい、って言ったら・・・どうしますか?」





だから、期待する。

拒まないのは、どうしてなんだろう。

僕を受け入れてくれているのは、どうしてなんだろう。





「もう・・・したじゃない」





至近距離で見つめれば、彼女の瞳が恥ずかしそうにさまよっている。



これは多分・・・・・・そういう、ことだろう。






「・・・・・・あれ、おかしいな、してた?ごめん、もう一回、」





「・・・ん、」




「なまえ、ちゃん?」




「あ・・・・・・もう、」



「え、何?」




「・・・・・・する前に、お願い叶っちゃった」







これ以上キミはいらない






「・・・・・・悩んで損した。ねえ、僕の時間返してくれない?」

「何それ!?」

「だって、どう考えたって付き合ってると思うでしょ」

「無い無い、絶対無い!ただの親戚!」

「あんなに仲良さそうなところ見せつけられてさ」

「や、だからっ・・・・・・」

「なまえちゃん?」

「・・・ごめん、てば」

「許さないから」

「もう、じゃあどうしたら許してくれるの?」




「僕のことも、名前で呼んで」




君の、一番近くに居たい。








END


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