「沖田先輩、また呼び出されたらしいよ!」

昼休み。2年のクラスにまで、瞬く間に広がる噂。

本人はあまり良い心地はしないだろうけれど、それだけ彼が有名で、みんな興味を持ってるってことなんだと思う。



そして、沖田先輩が告白を受け入れたことがないのは有名な話だ。






先日行われた剣道の大会では、団体戦、個人戦ともに優勝を飾り、今朝の全校集会で表彰されたばかり。

“おめでとうございます”の一言くらい言えたらいいのに、と思いながら、壇上にいる彼に拍手を送ることしか出来なかった。

だって、私と先輩の距離は近くなんてない。



否、むしろ、遠すぎる。






「・・・そうなんだ」


興奮気味に報告してくれた友人に対して、そう答えることしかできなかった。

・・・正直、すごく不安で押しつぶされてしまいそうだったりする。

もし先輩に彼女ができてしまったら、私なんか、彼の中に存在すらしないできっと卒業してさよなら。


「なまえってば冷めてる〜、素直に認めればいいのに」

「な、何を・・・」

「先輩のこと好きだって」

「わたしは別に・・・好きとかそういうんじゃ―――」


言い終える前に、ドタバタと廊下を走ってきた足音の主に、言葉は遮られた。

彼女もまた、沖田先輩に恋をしている女の子のひとり。

泣きそうな顔で一言伝えると、その場にしゃがみこんで息を整えていた。




「お・・・沖田先輩っ、告白・・・オッケーした、って・・・!」















・・・・・・え?












頭が、真っ白になった。




















案外、涙出ないもんなんだな。



そんなことを思いながら、永倉先生の、授業から脱線した話を聞いていた―――実際は、右から左だったけれど。

クラスの女子たちは、今にも泣き出してしまいそうな子や、むしろもうぐすぐすと泣きじゃくっている子さえ居た。

こんなんじゃ、正直授業どころじゃないんだって、先生ももしかしたら分かって話を脱線させたのか・・・・・・うん、それはないか。

バレないようにひとつため息をついて、窓の外に目をやった。

燦々、という言葉がぴったりな太陽の日差しが眩しい。


正直、沖田先輩は、誰のものにもならないんじゃないかって、どこかで安心してた。

自分の方を向いてくれる可能性がないことを嘆いて、私ってかわいそうだなって思う反面、絶対に誰の告白も受け入れることはないだろうって、安心してたんだ。

だから、私以外の子だって、誰も彼のものになることなんて無いんだろうって。

でも、そんなのはやっぱり噂でしかなくて、私は彼のことを何一つ知らなかった。

沖田先輩だって、きっと好きな人がいたり、誰かを想ってドキドキしたりするはずなんだ。

・・・・・・ただそれが、私じゃなかっただけの話。




ああ、もう、本当嫌だ。


涙が出たほうが、まだいくらか楽だろう。


こんなに悲しいのに、泣けないだなんて。





だから別に、こぼれそうになった涙をこらえるために空を見たわけじゃなかったけれど、あまりに眩しい太陽のせいで、ふと視線を少しだけ落としてしまった。






ガタンッ・・・!




「どうした?」

「い、いえ、あのっ・・・・・・」




たった今窓の外に見えた彼を、見失わないように。

急に立ち上がった私に、クラス中が驚いて視線が集まってしまった。

心配そうに声を掛けてくれた永倉先生に、謝る事しかできなかった。

そうだな、例えばこのまま教室を飛び出して、彼の後を追いかけてみるのも悪くないかもな、とか一瞬よぎったけれど、結局私にはそんな勇気あるわけないんだ。




「・・・ところでみょうじちゃん、好きな数字を3つあげてくれねえか?」

「え、えっと・・・???」


先生の脱線した話は、全く内容が理解できなかった。

けれどたぶんそれは、泣きそうな顔をしていた私への、優しさなんだろうと思うことにしておく。







放課後、教室の掃除当番だった私は、ごみ捨てじゃんけんで見事ボロ負け。

焼却炉までは少し遠いんだ。

面倒くさいなと思いながら、ガサガサとゴミ袋を揺らして歩いた。

そういえば、さっき彼が向かったのはこっちの方だったな、と思い出したら、もしかしたら彼がいるんじゃないかと、騒ぎ出した心臓。

いるわけない、いるわけないって思いながらも、ものすごく期待してる自分。






――――そう、だよね。




裏庭の、大きな桜の木は、1年の見せ場を終えて、静かに緑を纏っていた。

ただそれが目に入っただけで、人の気配すら―――




「・・・・・・、っ!?」






私が歩いてきた方と反対側、死角だったその桜の幹の裏側で、すやすや、と気持ちよさそうに眠っているその人は、間違いなく沖田先輩だった。

嬉しいのにどうしていいかわからなくて、私はただ、その寝顔をそっと見つめることしかできなかった。

ガサガサとうるさいゴミ袋は彼を起こしてしまいかねないからと、そっと置き去りにして、彼のそばに近づいた。



もう一歩。



・・・もう、一歩。



あと、一歩だけ、そばに行っても―――









忘れないでいるから






「なんかさ、捨てられないんだよね」

「気持ち悪くねえ?」

「いや、僕は素直に嬉しいと思ったんだけど」

「まあ本人がそう言うなら別に何も言わねえけどさ。なあ、一君?」

「理由はどうあれ、直接話すことが出来なかったのだろう」

「だからさ、ちょっと可愛いなって思っちゃった」

「彼女が出来たばっかりの癖に浮気かよ?」

「あはは、平助君には分からないかな」

「なんだよそれ!」

「いい加減にしろ、時間だ」

「じゃあ今日も平助君を打ちのめそうかな」

「物騒なこと言ってんじゃねえよ!」






彼の手に、そっと忍ばせた紙切れですら、私は想いを伝えられなかった。


自分の名前すら、書けなかった。


でも私が、彼の中に少しでも存在できれば、それはすごく幸せだと思う。




“優勝おめでとうございます”








END

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