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「そうじゃないよ。いつも一人で居た君が気になってさ。
それに忘年会、飲み会なんて苦手そうなのに参加するなんて、余計気になって」
「あの日は・・・・・・帰ってくるなって、言われてたから」
ぽつりぽつりと、話しだした君の言葉を遮る事をしてはいけないと、僕は膝を抱えたまま君を見つめていた。
Act.05 解く
彼氏が浮気をしている事を知りながら、付き合っていたらしい。
それでも別れられなかったのは、その話を切り出すと暴力を振るわれるからだと。
良く聞く、最初はあんなに優しかったのに、というやつのようで、彼女もいつか彼が元に戻ってくれると信じ続けていた。
けれど、一向にエスカレートしていくそれのせいで、入院を余儀なくされた彼女はやっと解放されたらしい。
彼氏が犯罪者と言ったのは、その暴力のせいだと。実際、別れ話もできないまま、暴行罪で懲役刑。
そんな話を聞かされて、苛立つ自分を彼女に見せてはまた怯えてしまうだろうと、興奮する心臓を必死で抑えた。
「最悪ですよね、こんな・・・。身体とか、痣が消えなくて・・・」
浮かべた苦笑いは、初めて見たあの日の笑顔と違って、悲しそうだった。
「なまえちゃん、泣いても良いよ?」
「・・・だっ・・・、だめ、です」
瞳に貯め込んだ涙は、今にもこぼれ落ちそうなのに。
「本当は僕の胸を貸してあげたいところなんだけど・・・・・・きっと君は・・・また・・・怯えて・・・」
言葉が続かなくなったのは、目の前の光景に、頭がついて行かなかったから。
ぎゅ、と僕の腕に抱きついてきた小さな身体。
「なまえちゃん」
「わたしっ・・・ずっと、怖くてっ・・・いつ戻ってくるかと、そればっかり・・・」
抱きつかれた反対の手で、僕は君の頭に一瞬触れた。
びくりと、肩を震わせたけれど、拒まれている様子も無いから、そのまま君の頭を撫でてあげた。
「なまえちゃん、大丈夫、僕がついてるから」
ぐす、と鼻をすすりながら、ぎゅう、と抱きついてくる。
「沖田さん・・・」
「ごめんね、僕は約束を破っちゃったみたいだ」
ふるふる、と頭をふり、しばらくこのままで居たいと言った君の為に、僕はそのまま、痺れかけた右腕を、君に預けた。
泣きやんだかと思えば、既に感覚のない右腕は緩められているらしい。
コクリコクリと君の首が寝ている事を伝えてくれた。
「僕って、紳士かも」
そうこぼした苦笑いと共に、寝ている彼女を抱きかかえて寝室へと向かった。
ゆっくりと彼女をベッドへ寝かせ、ソファへ戻るために立ち上がろうとしたが、引っ張られる感覚のせいで、出来なかった。
何かと思えば、意外と強い握力で、僕の寝間着の裾を握りしめている君。
「これじゃあ赤ん坊だ・・・」
一緒に居たいと、言われている気がして、僕はそのまま、君を抱き締めて眠る事にした。
「うわ、・・・拷問」
「う・・・・・・ん・・・」
「・・・っ!」
「あれ・・・・・・あ、」
なんだか熱いなと思って目を開けると、目の前には、顔を真っ赤にしたなまえちゃんが僕を見つめていた。
「おはよ」
「・・・・・・」
「おはよう、は?」
「おはよう、ございます・・・」
偉いね、と僕は君の頭をなでる。
「んーーー!あ、やっぱ、おかしい」
縮こまっていた手足を思いっきり伸ばしてみたが、やはり重たい右腕。
すると、君がもうしわけなさそうに「ごめんなさい・・・」と言った。
「え?大丈夫、すぐ元に戻るよ。ねえ、それよりさ」
目の前で顔を赤らめている彼女を腕の中に閉じ込めて、ぎゅうと抱き締める。
「もう、君に触れても怒らない?」
「・・・・・・えっと」
「僕がこうしてるのは、嫌じゃない?」
「・・・沖田さんは、大丈夫みたいです」
「よかった」
君の腕を引いて一緒に身体を起こし、ベッドに二人座りこむ。
小さな彼女を後ろからぎゅうと抱きしめ、頬に軽くキスをすると、色白の細い左手を取って僕は言った。
「僕が君に指輪をあげたら、この薬指に嵌めてくれるかな」
「・・・・・・だ、だめですっ」
そう言う割に、僕の手を振りほどこうとしない彼女。
「どうして?」
「だ、だって・・・・・・ほら・・・つ、付き合ってからじゃないと」
ごにょごにょと、言葉尻をすぼませて、恥ずかしそうに呟く君を初めて見た。
「・・・あっははは!!なまえちゃん、君といるとやっぱり楽しいよ」
「笑わないでっ・・・」
目尻にたまった涙をぬぐいながら、僕は君の顔を覗きこむ。
「そうだね、じゃあ、お嫁さんになる前に、彼女になってくれますか?」
「・・・・・・はい」
やっと見れた君の笑顔。
少し泣きそうで、でも綻ばせたその表情は、何とも言えないくらい、可愛かった。
幸せなこの朝を、何度でも君と迎えたい。
君は、僕が守るから。
END
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