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そのまま君は、意識を失ってしまった。
力無く僕に倒れ込んできた君を、この腕に抱きとめて名前を呼ぶも、返事なんて無かった。
「なまえちゃん・・・」
僕は、ずるい。
今だけはと、愛しい君を抱きしめた。
Act.04 緩み
「あの・・・」
寝室の扉が開く音が聞こえて、君が顔を出した。
「あれ、目覚めた?」
まだぼんやりとしているらしく、リビングの明るさに少しだけ顔をしかめている。
「驚いたよ、急に倒れるんだもの。また貧血?」
「・・・かも、知れません」
僕が君に触れた事も、覚えていないんだろう。発作の様に怯え出した事も。
「食欲あるかな?」
「・・・少し、だけなら」
「よかった。座って?」
不安そうに、初めてのこの場所をきょろきょろ見回していた。
「・・・沖田さんの家ですか?」
「そう、ごめんね、君の家分からないから」
ほら、とソファに座らせた。
「なまえちゃんが何が好きか分からないからさ、初めて一緒にお昼行った時サラダは食べてたから」
ただ茹でただけだけどね、と温野菜のサラダを彼女の前へ差し出した。
「沖田さん、作ったんですか?」
「何?不満?」
「・・・・・・すみません」
「だから、こういうときは、“ありがとう”って言うんだってば」
「・・・あ、ありがとう、ございます」
いつもよりも少し弱っている彼女は、聞き分けが良いらしい。
言われるがまま、僕が作ったサラダを口にした。
「どう?」
「野菜の味がします」
「・・・あ、はは。そりゃね」
ゆっくりゆっくり、それでもちゃんと食べてくれたのがすごくうれしくて。
思わず、「偉いね」なんて言ってしまえば、「子供扱いしないで下さい」と少しだけ拗ねた顔をした。
「明日休みだし、泊って行けば?」
「え・・・でも」
「ああ、彼氏?」
「・・・や、だから別れましたって」
「じゃあ良いじゃない?」
「悪いです」
「僕が良いって言ってるんだから、泊って行きなよ」
「・・・・・・やっぱり自分勝手」
「知ってる」
「でも・・・」
「ん?」
「いえ、ところでここ・・・最寄りは」
どうやら、彼女の家と全く反対方向らしい。もう遅いからと、僕が強引にひきとめた。
「大丈夫、約束するよ。僕は君に指一本触れないから」
女の子だし、色々必要だろうと近くのコンビニで必要なものを買いそろえた。
「お待たせしました」
「全然。行こう」
興味も無い立ち読みしていた雑誌を棚に戻してコンビニを出た。
あの時みたいにゆっくりと、君の隣を歩く。
小さな彼女の手を取りたくても、できない。
「沖田さんは・・・」
「え?」
「沖田さんは、私と居て楽しいですか?」
不意にされた質問に驚いて隣の彼女を見下ろしてみても、がさがさとビニール袋を揺らしたまま真っ直ぐ前を見て歩いていた。
「楽しいよ」
相変わらず表情を変えずに君は「変な人」と呟いた。
「あれ、寝てなよって言ったじゃない。まだ起きてたの?」
僕がお風呂からあがってくると、ソファで膝を抱えていた君がぼんやりと点いていないテレビを眺めていた。
「・・・眠れなくて」
「じゃあ、少し話そう?僕も君と話したい事がたくさんあるんだ」
不思議そうな顔をしている君がとてもかわいらしい。
「隣、いい?」
コクン、と頷いた彼女の頬がほんのりと赤い。
隣に座ると、ふわりと、石鹸じゃない、きっと彼女の香り。
ドキリと跳ねてしまう僕の鼓動が気づかれないように、君の真似をして、膝を抱えた。
「僕が、君に興味があるって言ったの覚えてる?」
「はい」
「どうしてだと思う?」
「私の彼氏が、犯罪者だからですか?」
―――無防備な君を、今なら解ける気がする。
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