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君のその言葉をどこまで信じればいいのか分からなくて。
その時はただ、はぐらかすために言ったんだろうと思ってた。
けれど、今日君に触れようとした僕を、あんなにも嫌がった理由とそれが結びつくのなら、
僕が、君を守りたい。
Act.02 微か
「おはようございます」
9時、5分前。
いつもぎりぎりに出社する彼女は、今日も例に漏れず。
顔色は昨日よりも良いみたいで少しホッとした。
「おはよう、なまえちゃん」
「おはようございます、沖田さん」
自分のデスクへ着こうとする彼女を呼び止めて、こそりと耳打ち。
―――なまえちゃん、今日のランチ、予約ね?
「は」
「今日のランチは、僕と、ね?」
「あのっ・・・」
本当は、昨日大丈夫だった?とか、朝ごはん食べた?とか、いろいろ聞こうと思ってた。
でも他人との接触を拒絶する彼女にそう聞いたところで、返ってくる答えは決まってる。“ええ大丈夫です”なんて。
だから、どうしても君とゆっくり話す時間が欲しくて。
例えかわされても、次につなげるための時間が欲しくて。
君に、真実を確かめたくて。
「私よりも、沖田さんと一緒にランチ行きたい女子はたくさん居ると思いますよ」
昼休み。観念した彼女をひきつれて、僕はお気に入りのカフェに向かった。
隣を歩く、小柄な君の歩幅に合わせて、いつもよりものんびりと。
夏の終わりを知らせるように、乾いた風が頬をなでる。
「でも僕は、他の誰でもなく君と行きたいんだから、しょうがないでしょ?」
「・・・否定をしないところが沖田さんらしいですね」
「ありがと」
「褒めてません」
仕事以外でこんなに話してくれると思わなかった。
会話のテンポが心地いい。
「じゃあさ・・・僕らしいって、どんなの?」
君は少しだけ考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「・・・・・・打算的で、自分勝手・・・」
「あはは!僕ってそんな風に見える?」
「自分の事しか、頭になさそう」
「ひどいなぁ」
「・・・でもたぶん、優しすぎるんです、沖田さんは」
「え?」
「本当は優しいのに、そう見せようとしてるんじゃないですか?」
私の勝手なイメージですけど、と付け加えて、君は青に変わった信号を進んだ。
「・・・参ったな」
緩んだ口元を、手の甲で押さえながら、慌てて君の背中を追いかけた。
「それで、何ですか?」
「ん?」
「用事でもなければ、私なんか誘わないでしょう?」
「うわ、卑屈。まあでも、そうだけどね」
食欲がないからと、サラダと飲み物しか頼まなかった彼女。
僕のお気に入りの壁際のソファ席へ君を座らせ、僕は君しか目に入らないように、向かいの椅子に腰かけた。
考えてる事が全く伺い知れない君の瞳が僕を見つめる。
逸らしたら負ける気がして、僕も君の瞳を見つめ返した。
「彼氏とはまだ続いてるの?」
そう聞いてみれば、急に瞬きの回数が増えた。
「沖田さんには、関係なんて無・・・」
「嘘。だって、聞いちゃったもの。犯罪者ってどういう意味?」
「あの時酔ってたから・・・」
「でも、放ってなんておけないじゃない」
ぴんと伸ばしていた背筋を緩ませて、君はソファに身体を預けた。
「・・・・・・もう、別れました」
「本当に?」
「嘘ついてどうするんですか。だから、この話は終わりです」
「・・・・・・じゃあ、僕を拒んだのは?」
「いつ?」
「昨日、僕が倒れそうになった君を・・・」
「覚えて、ません」
僕から視線を逸らして、テーブルの上のグラスをぼんやりと、焦点の合わない目で眺めていた。
「無意識?」
「・・・・・・ねえ、この話、止めませんか?」
あまりに感情の無い彼女の呟きに、これ以上踏みこんでは不味いと、僕は言葉を紡ぐのを止めた。
奢ることすら許してくれなかった彼女は、強引に自分の食事代を僕に付きつけると早足で会社へ戻った。
「・・・はぁ」
こんなに手強い相手は初めてだ。
どうしたら僕に向いてくれる?
どうしたら僕を受け入れてくれる?
どんな無茶な企画よりも、君を落とす方が何倍も難しいと僕は肩を落とした。
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