「一君」

・・・あ、来た。

私の前の席の斎藤君に、いつも教科書を借りにくる、隣のクラスの沖田くん。

二人に気づかれないように、私はこっそりとその横顔を盗み見るのだ。

ドキドキと高鳴る胸をそのままに、手元の小説を読むふりをしながら。








「古典の教科書貸して」

「生憎だが、先ほど平助に貸している」

「え?酷いよ一君、僕がいつも借りに来ること知ってるのに」

「自分で持って来れば良いだけの話だろう。教科書の貸出予約など取っては無い」

斎藤君の言葉に、拗ねた唇がなんだか可愛い。

いつもにこにこしている彼の、そんな顔は初めて見た。

「じゃあ、教科書無しで受けてもいいかな?」

「お前は土方先生の手を煩わせるのが趣味なのか」

呆れたような斎藤君とは正反対に、またいつものにこにこ顔に戻った彼は、嬉しそうに弾む声色で頷いた。

「うん。・・・でも、怒られるのは嫌だなあ」

それを聞いた斎藤君の肩が沈んだかと思えば、大きなため息が聞こえてきた。

「剣道部の奴らから借りるなどすれば良いだろう」

「んー・・・どうしようか・・・な・・・」

「・・・・・・!」

教室を見渡していた沖田くんと目が合ってしまった。

きっと、驚いて目を見開いた私を不思議に思ったに違いない。慌てて小説に視線を戻したけれど、意味なんてなかった。

「ねえ、君さあ・・・」

「は、はい?」

「古典の教科書持ってる?」

今まではただ一方的に見つめるだけだったから何も考えずに居られたけれど、どうしよう、沖田くんに話しかけられている。

変なこと言って嫌われないようにしなくちゃと、思えば思うほど、何を言っていいかわからないし、どんどん鼓動が早くなる。

口ごもっている私と目線を合わせようとしたのか、顔を覗き込んできた彼は、一体どういうつもりなんだろう―――たぶん、どうもこうも、無いとは思うけれど。

喋り方すら忘れてしまった気がした。

見慣れた横顔じゃなくて、彼の顔を真っ直ぐに見るのは初めてだ。

「貸して欲しいんだけど、ダメかな?」

「・・・・・・っ」

その瞳があまりに綺麗すぎて、私はただ、見惚れることしか出来なかった。






「ありがと、助かったよ」

5限が終わり、沖田くんが教科書を返しに来た。

にこり、とほほ笑みかけられて、私の心臓はまた、うるさく高鳴り出すんだ。

「うん・・・・・・」

「なまえちゃん?」

「え・・・?」

「名前、書いてあったから」

「あ・・・・・・」

「君も土方さんに怒られないように気をつけてね」

じゃあね、そう手を振って教室を出て行った彼の、後ろ姿から目が離せなかった。

沖田くんが、私の名前を呼んでくれた・・・・・・。

「・・・・・・みょうじ」

「え、・・・な、なに??」

斎藤君が後ろを向いて、申し訳なさそうな顔をしていた。

別に、教科書を貸すくらいなんてこと・・・・・・

「中身を確認したほうが良い」

「え?」

斎藤君が視線を落としたのは、私がぎゅっと抱きしめていた教科書。

・・・わ、わたしの馬鹿、惚れてます、って言っているみたいなものじゃないか。

慌てて教科書を机の上に置いて、斎藤君の指示通り教科書をパラパラとめくっていった。



「・・・・・・ぷっ」



次回のテスト範囲に指定されている箇所の、出典に掲載されている作者の顔が見るも無残。

そしてその横には土方先生と思われる(似てない)絵。



「あいつは・・・・・・みょうじ、すまない」
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