「沖田くん、お昼どうする?」

13時。キリよく仕事に目処をつけた私は、向かいのデスクでまだパソコンをいじっている彼に聞いた。

カバンからお財布と携帯を取り出し、出かける気満々で立ち上がれば、一つため息をこぼした彼が頬杖をついた。

「なんか、夏バテ気味で食欲ないんだよね・・・」

「え、もう!?そんなんじゃ、ガリッガリに痩せちゃうよ?」

嫌味っぽくそう言ってやれば、上目遣いで私を見た彼が一瞬ニヤリ、と笑って、次の瞬間に満面の笑みを見せて私に行った。

「なまえちゃんは、少し痩せたほうがいいかもね?」

「・・・・・・」

「痛っ」

無言で、デスクの上にあった校正中の書類の束を彼の頭に叩きつけた。

「無駄口叩いてないですぐ準備する!行くよー」

「はあ・・・」

「・・・何?」

「何でも」

もう一度ため息をついた沖田くんが、お財布一つで私の後をついてきた。









同期の沖田くんとは入社当初から気が合って、正直他の女の子よりも仲良くしている。

私は昔から、女の子同士の独特の喋り方とか、気を遣いあった会話とか、それから、結局自分が可愛くてしょうがないっていう感じの雰囲気が苦手だった。



「あ、みょうじさん、沖田さん、これから休憩ですか?」

「千鶴は戻ったところ?残念」

「あれ、千鶴ちゃん髪切った?似合ってるね」

「え、お・・・沖田さんっ、あのっ」

「あはは、千鶴真っ赤ー」

エレベーターで一階に降りてきた私たちは、入口の受付の前を通ると、休憩からちょうど戻ったらしい千鶴に声をかけられた。

受付嬢の彼女は、交代で休憩に出るため、一緒に取ることができない。

「じゃあ、またね」

「・・・は、はい」

「行ってきまーす」

ばいばい、と彼女に手を振って、私たちは会社を後にした。

「・・・・・・千鶴、やっぱ可愛い」

「そうだね」

「・・・・・・・・・」

私が自分から言ったクセに、沖田くんにそう肯定されて、ものすごく傷ついてる。



まだ初夏の、さらりとした風が心地よい。

けれど、もう夏がすぐそこに迫っているらしく、空に浮かぶのは、形のはっきりとした雲ばかり。

気温はそこまで高くないのに、頭上から照りつける太陽は、容赦なく熱を伝える。




千鶴は、素直で純粋で。他の女子社員なんか比べ物にならないくらい、可愛い。

“そんな、私なんて”と謙遜するそ様子ですら、本心から言っているのが分かる。

そんな“受付嬢”の彼女は取引先でも大人気で、本来ならうちが出向かなければならないところを、千鶴見たさに“お伺いします”と、今まで何度言われたことか。

外部からの人気はもちろん、内部人気は言わずもがな。

今こうして私の隣を歩いている沖田くんだって、千鶴のことがきっと好きなんだろうなって、分かる。

でなければ、あんなに絡んだりしないだろう。ほかの女子社員に見向きもしない彼が、だ。

もちろん、私だって女子社員の一人ではあるけれど、彼にとって私はすっかり“友達”の定位置に収まってしまっているから一緒に居てくれるんだって、それくらい分かる。

でも、“友達”じゃなくて、本当はもっと―――




チラリと隣を歩く沖田くんを見れば、歩きながら携帯をいじっている。

「・・・何?」

「べ、別に・・・」

今、となりに私が居るのに、メールをしているらしい彼のその、携帯の先にいる姿の見えない誰かに、嫉妬してる。

こんなに近くに居るんだから、私のことだけ、見ててくれたらいいのに―――

「・・・ん?」

そう考えていれば、自分の携帯が震えてるのに気付いて慌てて取り出した。


“みょうじさん、今日お暇でしたら、夜お食事でもどうですか?”


「うわ、どうしよう、千鶴にデート誘われちゃった」

「・・・・・・なにそれ、自慢?」

「うん」

「本当、気持ちいいくらいはっきりしてるよね」

「それ、褒めてる?」

「一応ね」

「・・・お、沖田くんも、来る?」

「・・・デートじゃないの?」

「いや、ほら、だって、千鶴と一緒にご飯だよ?」

「・・・・・・あー、僕、何回か一緒に行ってるし、二人で行ってくれば?」

「え、あ・・・そう、なんだ。そっか、うん、じゃあ・・・二人でイチャイチャしてくる!」



本当は、今、信じられないくらいショックを受けている自分がいる。

千鶴のことは私も大好きだけど。

私は、会社の中では沖田くんの一番そばに居るって思ってた。

それなのに、私の知らないところで二人が一緒に居た事があったなんて。しかも、一回じゃないんだ。

ショックを受けていることを知られるのが嫌で、私は慌てて、笑顔を作った。
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