僕より2つ年上のなまえちゃんとは、同じ会社に勤めている。
元々彼女は僕が入った時にいろいろ指導してくれていたこともあって、仲良くしていた。
自己紹介をしてすぐに、僕が名前で「なまえちゃん」と呼べば、
「私、一応先輩なんだけど」
と冷たく言われたのがなんだか面白くて、それからずっと名前で呼んでいた。
「なまえちゃん」
「はい、何でしょう、沖田くん」
もう注意することすら面倒になったらしく、僕が名前で呼ぶと、最近はこうやって苗字を強調して返事をする。
「・・・・・・僕のことも名前で呼んで良いのに」
彼女に頼まれていた資料を作り終えて手渡し、そう言うと、ものすごい目で睨まれた。
初めて見るその顔に、本気で怒られているんじゃないかと一瞬どきりとした。
冗談が通じる相手だと思っていたから、まさかこんなことくらいで―――
「・・・・・・った」
僕の頭を軽く小突くと、したり顔をして、その飾らない唇からほんの少しだけ舌を出した彼女の可愛さに、今度は違う意味でどきりとした。
「これ、ありがと」
僕が渡した資料を指差して、柔らかく微笑んだ。
・・・・・・だめだ、完全に可愛い。
「ひどいなあ、今度仕返しするから」なんて強がったセリフを吐いたものの、頬が熱くなるのを感じて、慌てて自分の席へと戻った。
最初から、彼女の隣は居心地がいいと思っていた。
サバサバとしているその性格も、男性社員に媚びない服装も、さっぱりとしたメイクも。
「なまえちゃん」
「はい、何でしょう、沖田くん」
「飲み行こう」
金曜は、だいたい彼女と飲みに行っている。
だから別に、約束を交わすことは特になかったし、する必要もないって思ってた。
「あ、えっと、ごめん、先約。土方さんとさ、」
「みょうじ!」
「あ、はい!」
ごめんね、と顔の前で手を合わせて、それでも嬉しそうな顔をしている君は慌てて荷物をまとめると、名前を呼んだ土方さんの元へと向かった。
・・・・・・彼女からよく土方さんの名前が出るなと思ってはいた。
“土方さんがさ”、“土方さんなら”
僕に何か教える時だとか、指示をする時だとか、それはただ、土方さんを尊敬しているだけなんだろうと、勝手に思ってた。
だって、僕といるときのほうが、彼女はよく笑っていると・・・・・・これも勝手に思ってた。
「沖田くん、おはよう」
「・・・・・・おはよう、なまえちゃん」
なんとなく、直視できない。
この二日、嫌な予感で押しつぶされそうだった。
何度も電話をしようとしたし、メールも打っては消していた。
そんな僕の不安なんて知るはずもない君は、いつもと同じ笑顔で僕におはようと言う。
「・・・沖田くん?」
「ん?」
「・・・もしかして元気ない?何かあった?」
君のせいだなんて、言えるわけない。
「そう?いつも通りだけど」
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