さよならと告げられてから、私は彼に一度も連絡をしなかった。
本当はもっと、泣いたり怒ったり、なんでって、どうしてわたしじゃダメなのって、縋って、追いかけることをしたかった。
けれど、大好きな彼を、私のわがままで困らせたくなかった。
カプチーノ
「あーあ、またやっちゃった」
出かける前に、テーブルに置きっぱなしにしていたチョコレートが目に入り、一粒食べていこうと個包装を開けようとすると、むに、と柔らかい感触。
夏の暑さに耐えられなかったらしい。それはそうだ、昨夜は寝苦しい熱帯夜。私も何度も目を覚ましては喉を潤した。
あまり触ってしまうと形が崩れてしまうからと、冷蔵庫のドアポケットに入れた。
帰ってくるまでには元に戻っているだろう。仕方ないな、チョコレートはコンビニで買っていこう、と私はいつものように家を出た。
「・・・あっつ」
夏は嫌いだ。
まだ午前だというのに、この刺すような日差しと、ジリジリと照りつける太陽。
ホームで電車を待っていれば、どこか旅行でも行くのだろうか、大きなキャリーケースを寄り添わせて、カップルが隣の乗車口に並んだ。
イヤホンで耳をふさいでいる私は、会話なんて聞こえなかったけれど、彼らは幸せそうな話をしているに決まっているんだ。
・・・総司、元気かなあ。
今はもうだいぶ落ち着いたけれど、半年くらい前までは本当にひどかった。
ご飯も食べられなくて、それこそ笑うことを忘れたみたいにずっとずっと、毎日泣いてた。
泣き腫らした目は、メイクでも誤魔化せやしなかった。
何をしていても、総司のことを思い出してしまう。
『本当に、なまえは可愛いんだから』
そう言って、後ろからぎゅっと抱きしめてくれた温もりとか。
優しい声とか、柔らかい表情とか。
『好きだよ』
くれた、キスとか。
『ずっと、一緒に居よう』
「・・・・・・っ」
ダメだ、未だに思い出すとじわりと涙が浮かんでしまう。
総司の嘘つき、そう、言ってやりたかった。
永遠なんて存在しない。
言葉なんて無意味。
ぐす、と鼻水をすすって、私は乗車口を変えた。
隣のカップルが羨ましくて、妬ましくて。
わたし、こんなに性格悪かったんだ。
彼らが目に付かないように移動して、2階のホーム、広がる青をぼんやりと眺めた。
最近やっと、歯ブラシを捨てた。
洗面台に仲良く並ぶそれは、私の家に泊まりに来た総司が使っていたもの。
それを見るたび思い出すけど、もしかしたら帰ってくるかも知れない、そんな淡い期待をずっと抱いて1年が過ぎた。
隣の私の歯ブラシは、何度買い替えたか知れないというのに。
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