「あ、こら!待って待って!赤信号!」
くい、とリュックを引っ張られて何事かと足を止める。
たしかに、信号は赤い。車の少ない道路なんだから大丈夫だと彼女に一言言おうとすれば。
「見えない?」
「ん」
視線のその先、横断歩道の向かいには、手をつないだ親子が信号待ちをしていた。
「子供がちゃんと待ってる前で、大人がそういうことしたらダメでしょう」
普段は私も渡っちゃうんだけどさ、と付け加えながら笑った。
「・・・そうだな、じゃあ」
「平助?」
「あの子見習って、ちゃんと待つ、な?」
いつ繋ごうかと思っていたその右手に触れると、嬉しそうにはにかんだなまえ。
朝はだらだら情報番組を見ながら仕度して、気づいたらもう12時を回っていた。
慌てて家を出てきたけれど、今日は付き合って1年記念日。
どこに出かけようかな、どこに行きたい?そんな言葉を繰り返しながら、“観覧車に乗りたい”その彼女の希望を叶えるために、これから1時間電車にゆられるのだ。
「バイバーイ」
彼女が子供に手を振れば、その小さな手のひらがこちらに向けられた。
「ねえ平助」
「んー?」
ぶらぶらと繋いだ手を大げさに振りながら彼女が言った。
「えへへ、何でもない」
「はぁ?変な奴〜」
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