「あ、目覚めた?」

「・・・・・・」

「具合、どう?」

瞼を開くと、頭の上から声が降ってきた。

私の視界に広がるのは、真っ白い天井と、少しだけ目を細めてしまった、明るい蛍光灯。

声の主は私の顔を一瞬覗き込んだようだったけれど、私がその顔を見る前に近くの椅子に腰掛けたらしく、ギシ、と軋む音がした。

ようやく自分がソファに横になっていることに気付いて身体をむくりと起こすと、テーブルを挟んでソファに座っていたのは同僚の沖田くん。


「えっと、ごめん・・・・・・私、どうしたのかな」

「覚えてないの?」


外はすっかり真っ暗で、自分の顔が窓の外に浮かんでいる。

もう終業時間を過ぎていることを、時計が教えてくれてた。

残業をするところなのだろうか、一服している様子とか、コーヒーを飲んでいたりとか、案外居心地がいいこの休憩室にもまばらながらも人は居る。

辺りを見渡して、私の視線は沖田くんの顔を通り過ぎてまた、窓の外の自分の顔を捉えた。

寝起きの顔は疲れきっていて、無表情、ついでに言うと、髪もボサボサだ。

気休め程度に手櫛で髪を整えながら、私は記憶をたどった。


「・・・途中まで、覚えてる。あの、原田さん、が・・・」

「そうそう、左之さん、結婚するって―――なまえちゃん?」

「・・・・・・は、はは・・・おめでとうって、言わなくちゃ」



彼女が居るのは知っていた。

いつかはこうなることもわかってた。

彼女の話を嬉しそうにする彼の、幸せそうな顔が好きだった。

ずっと、みんなでランチに行っていたのに、最近お弁当になっていたのも、知っていた。



「なまえちゃん・・・」

「ごめん・・・私、多分倒れたんだよね」

きっと右肩が痛いのはそのせいだ。

それを沖田くんがここまで運んでくれたんだろう。

「あ、送るよ」

「いい・・・」

「強がるのだけは得意なんだから・・・」

「これ以上、沖田くんに迷惑掛けられないよ」

「・・・別に、迷惑だなんて思ってないけど」

「ありがとう、一人で帰れるから」




叶わなかった恋の理由がなんなのか、自分でもわかってる。

幸せそうな原田さんを困らせたくなかった。

それから、分かりきった彼の答えを受け止めることをできるくらい、私は強くなかった。

だから、言えなかった。

もしかして好きだって伝えていたら、何か変わったんだろうか。

原田さんのことが好きだと、本人に伝えていたら、何か―――。


私は正直、恋より仕事に生きてきた。

周りの子達が寿退社するのを「おめでとう」って見送ってきた。

これまで、彼氏がいなかったわけじゃない。

けれど、もう少し甘えて欲しかったとか、もっと素直になれとか、結局そういうこと言われてさよならしてた。

自分では甘えていたつもりだったし、素直でいたと思っていた。

だからもう、彼氏なんていらないって思ってたのに、異動してきたこの部署の、原田さんがあんまり優しいから、つい彼にいろんな愚痴をこぼしては、慰めてもらってた。



『お前は、お前で、良いんじゃねえか』

『初めてです、そんな風に言われたの』

『なんか、お前見てるとしんどそうでな。肩に力、入ってんだろ?』

そう言って、私の肩を優しく叩いた彼は、優しく笑った。

『大丈夫だ。お前が頑張ってんの、俺は知ってる』

別に、何かをミスしたわけでもない。

怒られたわけでもない。

ただ、プレッシャーに押しつぶされそうで不安でたまらなかった。

このままで良いのか、本当に私がここに居ていいのか。

異動してきたばかりだというのに、上から仕事を任せられることも多かったし、それが結果、今までここにいた人たちの妬みみたいなものを買ったのか、あまりいい雰囲気ではなかった気がする。

そしてそれを緩和してくれたのも原田さんで、今はみんなで飲みに行く機会も増えた気がする。

『言ったろ?お前はお前で良いって』

『私、原田さんが居るから、頑張れるんです』

『そっか、じゃあこれからもよろしく頼むわ』

私の気持ちを知っていたんだろうか。

知らないふりをしていたんだろうか。






自分のデスクに戻り、帰り支度をしていると、携帯が着信を知らせて震えていた。

「・・・・・・・・・」

沖田くんだ。

正直今は、一人になりたいから電話にだって出たくない。

早く家に帰って、思う存分泣きたい。

明日と明後日、これでもかというくらい、落ち込んで、月曜日には何もなかったかのようにしれっとした顔で出社できるように。

「・・・ねえ、どうして出ないの?」

「・・・・・・居るんじゃない、わざわざ電話なんて」

「直接話すより、気が楽でしょ?それとも、慰めて欲しい?」

「そういうの、大きなお世話。さよなら」
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