「あれっ?
現代文の教科書がねぇ…」


俺はカバンを探りながら言った。


「えっ、大丈夫?
教科書貸そうか?
…って、あ…
ゴメン、平助君、私のクラス、今日現代文ないや…」


気を利かせて千鶴が言う。
俺は「大丈夫」と言って千鶴と別れた。




忘れ物はしちゃダメ、絶対。




「え?現代文忘れたの?
末期じゃん」

「はぁ!?なんでだよ!」


今日は週に3度の現代文がある日の中で、他のクラスに現代文がない日。
俺はこんな日に忘れ物なんて、ホントについてない。

俺の周りにいる他のクラスの人は皆真面目だから(総司は真面目じゃない上に同じクラス)、学校に教材を置いてったりしない。

でも俺は、勉強が大の苦手だから、いつも持ち帰っているわけだ。


「よりによって現代文か…」


現代文ってのは、忘れると非常に面倒くさいんだよ。
朗読とかするし。
順番まわってくるし…


俺は、はぁ…とため息をついて、席に戻った。
その時


「どうしたの?」

「!!」


突然隣から、鈴のような透き通った声が聞こえてきた。


「…平助君、何かあった?」

「なまえっ!?」


そこにいたのは、今隣の席のなまえ。
なまえはむすっと頬を膨らませて言った。


「何?
私が隣にいたらダメ?」

「い、いや!
んな事ねぇよ///」


じとっと見てくるなまえに、思わずドキッとした。
でも慌てて言葉を返すと、なまえは花のような笑顔を見せて、「何か困ったことがあったら、言って?」と言ってくれた。

なまえはもともと面倒見が良く、生徒だけではなく先生からも慕われていた。


「あ、あの…さ…」

「うん」

「今日、実は現代文忘れちゃって…
だから、その…
見せて欲しいんだけど…///」

「えっ!?
うん!全然いいよ?」


「早く言ってよ」なんて笑って、快く了承してくれたなまえに、またも見とれてしまった。

忘れ物って、たまにはいいことあるんだなー

そう思いながら、なまえを見つめていた。








そして始まった現代文。

俺は完全に甘く見ていた。


「…」

「…」


俺となまえの距離は、ホントに拳1、2個分。
いつになく近すぎて、授業に集中出来なかった。


(し、しかも、なんかいい匂いする…っ///)


隣から香る優しい花の匂いなのか、たまに香るくらいのほのかな匂いが、完全に俺の思考をシャットダウンさせる。


「大丈夫?平助君、なんか震えてるけど…」

「へっ!?
だ、大丈夫っ///」

「そう?調子悪かったら言ってね?」


俺が震えていた事を心配してなまえが声をかけてくれた。
返事を返すと、何だか落ち着いてきて、緊張による震えも止まった。


(…ん、やべ…
なんか、眠くなってきたかも…)


冬の暖房が入った教室と、目の前の文字の羅列、さらにはなまえの柔らかな香りによって、俺は段々と意識を失っていった。


…ちょっとなら、いいよな…?








「…くん、平助君っ…」

「ん…?
!!!!」


ガバッ


俺はびっくりして飛び上がると、皆が爆笑した。


「藤堂君、随分と気持ちよさそうだったね?」

「う…、す、すいません…」


現代文担当の源さんは、にっこり笑って「次からは気を付けなよ」と言ってくれた。








「ご、ゴメンね、起こさなくて、あまりにも気持ち良さそうだったから…」

「えっ///
い、いやっ、むしろ俺がゴメン!
せっかく見せてくれたのに…」

「ううん!!
平助君の可愛い寝顔見れたから、全然いいよっ!」


なまえは、そう言って笑う。
俺も一緒に笑って、ピタッと止まった。

いや、今、なんつった?


「え…
寝顔…」

「うん、すごく可愛かった。」

「〜ッ///」


か、可愛いって…(涙)

俺はなまえにとって完全に"可愛い"という印象を与えてしまった。




翌日、密かに怒っていた源さんが、笑顔で抜き打ちテストをして、完全に寝ていた俺は全然出来なかった事は言うまでもない。




忘れ物はしちゃダメ、絶対




色んな意味で、辛いです。







END


『Love Letter』結依様より

(next→相互記念に頂いた、賑やかな剣道部のお話です☆)

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