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夕陽に照らされた帰り道を仲の良いクラスメイトと一緒に下校していた。互いの手には途中で立ち寄ったコーヒーショップのドリンク。いつもは店内に入り浸るのだけれど、今日は混雑していて席がなかった。

「なまえちゃんの飲んでるやつ、美味しい?」
「ん、美味しいよ、普通に」
「僕のほうはすっごく微妙なんだけど……。期間限定なんて謳い文句にまんまと騙された」
「えー見た目美味しそうなのに」
「見た目じゃないんだよ、何事も大事なのは中身だよ」

しみじみとそう言った彼は難しい顔をして、透明のプラスチックカップからフラッペをストローで啜った。眉間の皺が徐々に深くなっていく様子から、本当に微妙な味だったらしい。限定物はたいていそういうものだ。私は渋い表情の横顔を少し気の毒に思いながら、無難にキャラメルマキアートを選択したことに胸を撫で下ろした。
私のとなりを歩く彼は、去年に続いて今年も同じクラスの沖田くん。今の座席もこの間の席替えによって前後になった。沖田くんは長身で整った容姿をしているから入学当初から女の子達の間でとても人気があった。けれども、私は彼の華やかさに気後れしてしまってクラスメイトでありながら去年はまともに接点を持つことがなかった。事情が変わったのは、二学年に進級してからだ。

「で、今日どうだったの?学校の図書館ではじめくんと遭遇したんでしょ?」
「ああ、うん……」
「ちゃんと話し掛けた?君のことだからダッシュで逃げたりしてない?」
「逃げては、ないよ……。会釈、しといた」
「はあ?信じられない、なにそれ、ふざけてるの?気の利いた会話の三つや四つできないわけ?」
「できないよ!図書館ってすっごい静かなんだよ?私語なんてできる雰囲気じゃなかったの」
「どうかなあ、君が受け身なだけじゃないの」

私の必死な弁解を沖田くんは冷めた目で流し、フラッペを一口啜った。いつもよりダメ出しがきついのは、ドリンクの味が微妙なせいだ。八つ当たり甚だしい。そこまで批判しなくてもいいのに、と拗ねた気持ちで爪先へ視線を落とした隙に、手のなかのプラスチックカップが奪われていった。パッと顔をあげてみれば、沖田くんが私のドリンクのストローに口をつけるところだった。制止の声をあげる間もなく一口飲み下した彼は「やっぱり定番物に限るよねえ」と実感たっぷりに呟いた。すぐに手元へ返って来たカップを前にして、私は言い様のない羞恥に見舞われる。これ、間接キスだ。

「もっと積極的にいかないと。ただでさえ、はじめくんは堅物で色恋に鈍いんだからさ」
「……斎藤くんの悪口言わないで」
「悪口じゃなくて事実だよ」

悪びれることなく、あっけらかんとして言った沖田くんは、意味ありげに私をちらりと見下ろした。

私には好きなひとがいる。二つとなりのクラスの斎藤くん。校門前で風紀委員の務めを全うする凛々しい彼に心奪われて以来、遠くから見つめる日々を過ごしてきた。斎藤くんと付き合いたいだなんて恐れ多いことは望んでいなかったし、どうせ叶わない想いだと理解していた。このまま打ち明けることなく、高校生活の思い出として胸にしまっておこうとまで考えていた――のだけれど、沖田くんが私の片想いに勘付いてからはそうもいかなくなった。“僕が取り持ってあげようか”、それは甘い誘いだった。
たぶん、最初は面白半分だったのだと思う。自分の友人である斎藤くんとクラスメイトの私という組み合わせが意外で、ちょっと突いて囃し立ててやろうという気持ちだったに違いない。事実、仲介役を買って出たばかりの頃はわざとらしく斎藤くんの前に私を押し出して抱き止めさせようとしたり、昼休みに無理矢理彼を私の席まで引っ張って来て昼食を一緒に食べるように仕向けたりした。そのうちに段々と真面目に相談に乗ってくれるようにはなったけれど、人見知りで奥手の私と恋愛事に関心の薄い斎藤くんでは目覚ましい進展はない。

「もうさ、諦めたら?諦めて次のひとを好きになったほうがいいよ」
「沖田くんが取り持ってくれるって言い出したのに……」
「だって君達じゃあ十年掛かってもデートのひとつも出来ないよ、たぶん。僕の手には負えない」
「無責任、薄情者!」
「そもそも引っ込み思案のなまえちゃんが相手を落とそうとするっていうのが無理があるんだよね。君は好きになってくれた誰かの想いを受け入れるほうが向いてると思う」

沖田くんの冷静な分析はあまりにも的を射たもので、私は反論の言葉が見つからなかった。もっとも、自分を好きになるひとなんか、そう簡単に現れてくれるはずはないのだけれど……。
一歩先を行く沖田くんに気づかれないようにそっと溜め息を漏らす。私と斎藤くんの間を取り持つことに関して、彼はほとんど匙を投げているようだ。近頃は「諦めて他に目を向けたら」とそればかりが返ってくる。進展の見込めない恋愛相談を聞くのが面倒なのかもしれない。それでもまだこうして私に時間を割いてくれるのは、『自分から持ち掛けた話だから』という単純な義務感によるものだろう。彼は気分屋なところがあるから、その義務感も時間の問題なのだとは思う。手のなかのカップに視線を落とす。ストローには口をつけるにつけられなくなり、なかの氷だけが手の熱で解けていく。

「あ、」

沖田くんが小さく声をあげたかと思えば、肩を押され、すぐ左にある塀のほうへ寄せられた。カップの氷同士が微かに触れ合う音がした。見上げた視界には沖田くんの横顔と伸びた首筋。どうしたの、と声を掛けようと思った直後に、後方からやってきた自転車が真横を走り抜けていく。この道は歩幅が狭く、自転車が通るときは注意が必要だったと頭の隅で思い出す。

「大丈夫?」
「えっ」
「ぼうっとしてるみたいだったから」

僅かに首を傾げて私を気遣う沖田くん。右の肩を包む手のひらの感触に今さら気がついた。触れられた箇所だけが、じりじりと灼けつきそうだ。私は顔が熱くなるのを感じ、「なんでもないよ」と上擦った声で言ってうつむいた。

「そんなに落ち込まないでよ、恋っていうのはそうそう上手くいかないものだよ」

励ましの後に肩を二、三度叩かれ、それきり感触が離れていく。手の行方を目で追って切なくなってしまう私は一体どうしてしまったんだろう。一向に治まりを見せない頬の火照りで目頭まで熱くなる。このままじゃ早死にしてしまうと心配になるほどの速度で脈を打つ心臓は、一ミリの隙間もなく沖田くんのためだけに高鳴っていた。


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