「ねぇ、総司ぃ、今日暇ぁ?
暇なら、私達と遊ぼうよぉ」
「ごめんね、今日は都合が悪いんだ。
また次の機会にね?」
僕はそう言って彼女達に目線を合わせて、ウインクをした。
すると、すぐにその子達は甲高い声をあげて、上機嫌に去って行く。
いつまでこんな日が続くんだろう。
僕はそう思いながら、小さくため息をついた。
***
今日、予定があるとか、都合が悪いとかは、全て嘘。
本当は、もう面倒臭くなったから。
女の子をひっかけて遊ぶ事は、最初は楽しかったけど、始めてからしばらく経つと、地獄でしかない。
僕に遊んでもらうことが目的でくる奴もいる。
自分で始めてしまったことながら、もう飽き飽きしていた。
たまには静かな空間が欲しい。
そんな思いで目にとまったのは、"図書室"という文字。
僕には全く無縁の場所だな、と思いながらも、女子達の目から逃れるには絶好の場所だ、と思い直す。
その日始めて、高校2年生にして始めて、図書室に入って、運命の出会いを果たした。
文学少女と僕
ガラ……
図書室に入ると、先ほどまでいた空間がまるで別の世界のように、静かな空間だった。
人がいない。
とても静かで、今の僕にとっては心地いい。
なんとなく安心して、僕らしからず、また大きなため息をついたと同時に、奥の方から、ページをめくる音が聞こえた。
パラ……
まただ。
誰かいる。
ため息を聞かれてしまった、という羞恥心と、かすかな興味が僕を動かした。
音の聞こえた方へと足を向ける。
辿り着いた音の原点は、図書室の奥から3番目の窓際のテーブル。
そこには切れ毛が一本も見当たらない、長いストレートの黒髪で、赤子のような綺麗な肌の女の子が、分厚い本を読んでいた。
たまに垂れてくる髪の毛をかきあげながらも、本に集中している姿が魅力的で、思わず魅入ってしまった。
すると、本を読んでいた彼女が顔をあげて、こちらに気づく。
「何かお探しの本がありますか?」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまって、完全にペースを崩されていると知る。
だって、今まで目があった子は、頬を染めるなり、声をあげるなりした。
けど、彼女は全くもって僕に興味を持っていない。
そんな状況に、少し悔しく思いながらも、彼女に興味が出て、僕は声を出した。
「僕、図書室は初めてなんだ。」
「あら、そうなんですか?
本はとても良いですよ。
心を落ち着けてくれますし、色々な世界に連れて行ってくれます。」
「僕、難しい本は嫌いなんだ。」
「文字の羅列ではなく、写真集を見るのはどうですか?
ほら、猫の写真とか。
可愛くて、癒されますよ?」
そう言って彼女は僕に猫の写真集を渡す。
パラパラっとめくると、ゆったりと過ごす猫の写真がたくさんあった。
「いいなぁ、猫は自由で。」
「あら、人間も自由ですよ?」
「自由じゃないよ。
縛られてばかりだ。」
「……そうかもしれないですね、」
すると彼女は、やんわりと肯定して、また読み半端の分厚い本を読み始めた。
英語で書かれている本。
「その本は?」
「シェークスピア。
他にも、近代から古代まで活躍した作家さん達の本を読んでいます。」
「すごいね……
いつも、ここにいるの?」
「えぇ。本は私の全てですから。」
そう言い切り、にっこりと笑みを浮かべた彼女。
その笑顔は、今まで見た中で、一番綺麗な笑顔だった。
「これ、借りていくね。」
「どうぞ。貸し出し期間は……」
***
「……」
「……一君、その人外のものをみるような目はやめてくれる?」
「……いや、あんたが図書室に行こうなどと言い出す故」
「本を返そうと思って。」
「は?」
失礼なことに、彼は「あんたが本を?」と繰り返し、先ほどよりもさらにびっくりした様子であった。
「うん、ま、色々あってね。
あそこはカモフラージュにもなるし。」
「珍しいな。」
一君はそう言うと、少し笑った。
僕は、昨日の女の子を思い出す。
そう言えば、一君結構図書室行ってるから、彼女のこと知ってるんじゃないかな?
僕はそう思って口を開く。
「ねぇねぇ、一君。
長い黒髪で、毎日図書室にいる女の子知ってる?」
「あぁ、みょうじなまえ先輩のことか?」
「え、知ってるの?」
「知っているもなにも、図書委員長で、図書室のことならなんでも知っている。
俺も、探していた本を見つけてもらったことがあったからな。」
「ふぅん……」
一君でも知ってるんだ。
そう思っていると、一君は思い出したように付け足した。
「みょうじ先輩は、別名"文学少女"だからな。
まさに、本が恋人のような人だ。」
一君がそう言ったと同時に、図書室に着いて扉を開ける。
彼女がいるであろう場所に着くと、そこにはやはり彼女が座って本を読んでいた。
「……あれ?
いらっしゃい、本をお探しですか?」
彼女が僕たちに気がついて声をかける。
「あ、あの、あの時は先輩だとわからなくて、ごめんなさい。」
「え?あ、いいのいいの!
気にしないで?
写真集、見てみたんだ!
どうだった?」
「すごく素敵でした。」
「ほんとに!?
じゃあ、本にも興味持ってくれたんだね。」
僕は、無意識にいつもの喋りが出来なくなっていた。
いや、もしかしたら、これが"僕"なのかな……
ここにいることが心地いいと感じ始めて、僕は毎日図書室に通うようになった。
「"I love you"を月が綺麗ですねって訳すのは、すごくロマンチックよね。」
「うわ!なにそれ!僕も言ってみたい!
」
「ふふっ。沖田君面白い」
「そ、そうかな?
でも、ここは、すごく気持ちいい。
ゆっくり本が読めるし……」
「本は条件がそろってこそ、楽しめるからね。」
彼女は僕を受け止めてくれる。
彼女がそばにいるだけで、僕は僕でいられる。
あれ、これって……
まさか……でも、そんな、女の子みたいな……
遊んでいた僕が、本当に、恋に落ちるなんて……ーーー
***
そんな、まさかね……
「あーー!
ここにいた総司!」
「!!!」
「ねぇ総司!
最近全然遊んでくんないじゃん!!」
「超さみしーんですけどぉ」
僕がいつものように図書室で本を読んでいた時、かつて遊んでいた女の子達が、図書室にのりこんできた。
「どこいってたのぉ?
放置とかひどいじゃーん」
「ねぇ、総司、あそぼ?」
そう言って、目の前の彼女達はキーキーと甲高い声で話す。
そんな声で、ここの、なまえ先輩の空間を台無しにしないでほしい。
「ちょっと、図書室は静かにしてって……」
「えーー?
何?そんなの守っちゃってるの?総司ー。
んなの今更じゃん?」
「てか、規則は破るためにあるしー」
「総司、難しい本読んでるぅ!
そんなのつまらないし、くだらないしさー、早く遊ぼうよぉ」
そう言ってまだ話し続ける彼女達。
でも、その中には聞き捨てならない言葉があった。
「え、何、もう一回言って?
今、なんて言った?
つまらない?くだらない?
……ふざけんなよ」
「「!!!」」
何も分かってないくせに、そんな事を口にしないで欲しい。
僕は、今までこんなに低い声を出したことがないくらいに、静かに、緊張感を持った低い声を出した。
彼女達は何が起こったかわからないというように固まっているが、そんなの気にしない。
「ここは図書室なんだ。
この空間を邪魔するなら、出て行ってくれるかな?」
「そう……」
「ごめん、勝手なことを言ってるのは分かってる。
僕は遊び半分で、君たちの心を弄んでいた。
だけど、それはもうやめるよ。
だから、この空間を穢すのだけはやめて欲しいんだ。
僕は、もっと純粋な気持ちで生活したい。」
自分でも、こんな言葉が出るなんて驚きだった。
自分から、非を認めるなんて。
すると、目の前の彼女達は、バツが悪そうに、「私たちのほうこそ、ごめんなさい」と言ってくれた。
***
「……沖田君?」
「あ、なまえ先輩、ごめんなさい。
うるさくして……」
「……ううん、解決できて良かった。」
「……先輩のおかげだよ」
「違うよ。
沖田君の勇気と綺麗な心が、彼女達にも納得させたんだよ。
……とっても、綺麗だった。」
「………!」
そう言って笑う彼女の頬は、少し赤く染まっていた。
「次は、シェークスピアも読んでみたい。」
「ふふっ、沖田君も文学少年ね。」
「聞いたことないけど!」
「ふふ……
ぜひぜひ、もっと新しい本をよんで?」
「はーい!」
もっと、有名な本を読んでみたい。
そして、感性を磨いて、なまえ先輩を口説いてやりたい。
好き、という単純な単語じゃなくて、もっと、ロマンチックな言葉で……
だから、それまで絶対に待ってて?
この僕を落としておいて、そのままには絶対にさせないんだからね?
Fin...
『Love Letter』結依様より
prev next
back