アナタがくれる永遠
私には、4歳年下の彼がいる。
初めて出会った時、彼はまだ中学三年生で・・・高校入試を控えた受験生だった。
私がサークルの先輩に家庭教師を頼まれて、彼に英語を教えることになったのがきっかけだった。
中学生なんて子供だと思っていたけど、彼・・・はじめは子供じみたところのない、とても落ち着いた中学生という印象だった。
3月に無事、第一志望の高校に合格が決まった時、私は彼に告白された。
「なまえさん・・・俺はあなたが好きだ。」
はじめは年齢の割にしっかりした子だと思うけど、いくらなんでも中学生なんて・・・
「来月からはもう、俺は中学生ではありません。」
ちょっと赤い顔をしたはじめが、ムキになって否定していた。
その拗ねたような表情がとてもかわいらしくて、ちょっとだけ私は笑ってしまった。
普段のはじめはとてもしっかりしていて大人びていると思っていたけど、やっぱりまだ子供なんだなって思った。
大学生と高校生なんて、どう考えても釣り合わないし・・・はじめは4歳も年下だ。
4歳も離れているってことは、彼が浪人せずに大学生になれたとしても、私はその時・・・もう社会人になってしまう。
彼はとてもカッコいいし、性格も穏やかでホントにいい子だということは解ってるけど・・・
私達2人が同じ時間を共有することは難しいんじゃないかと思った。
「なまえさんにとって俺は弟のような存在かもしれませんが、俺にとってあなたは永遠なんです。」
まっすぐに私を見つめる、その深くて蒼いはじめの瞳に・・・
私はその時、15歳になってまだ2ヶ月の少年が言ってくれた「永遠」という言葉を、信じてしまったのかもしれない。
「なまえさん・・・どうしても・・・駄目?」
はじめは解ってるのかな。
そうやって、まるで捨てられた子犬みたいなセツナイ表情をしたはじめからお願いされると、私が永遠に「待て」をしたくなっちゃうってこと。
だって、カワイイんだもん・・・その困ったような表情がとってもカワイイので、いつも私は簡単に「YES」と言ってあげない。
「うん。ダメ♪」
私が満面の笑みで否定すると、はじめは期待以上のカワイらしさでショボンと落ち込んだ。
ごめんね。でも・・・私にも、はじめのこのお願いに「YES」と言ってあげられない理由があった。
今回は高校生活最後の試合だから、さすがにはじめも見に来てほしいんだろうということは私も解っている。
昔・・・というか、はじめの新人戦・・・最初の試合を見に行ってから、私は一度も応援に行ってあげたことがない。
はじめがとっても端正な顔立ちをしているということは解っていたけど、私が思っていた以上に彼は高校で人気者だった。
彼の熱意に押し切られるように付き合い始めてまだ半年足らずで、今思えば私も周りが見えてなかったんだと思う。
はじめに対する盛大な応援にはちょっとビックリしたけど、私にとっては何だか他人事だった。
そう思えるくらい、あの時の私は無分別だった。
「斎藤くんのお姉さんですか?」
4歳も歳の離れた私とはじめが一緒にいれば、そう思われても当然だった。
私にそう聞いてきた子達は、悪意なんてこれっぽっちも存在してなかったに違いない。
「違う」と言ったところで、じゃあ親戚とか知り合いのお姉さんに違いないと思われるだけだろう。
私は周りから決してはじめの彼女には見られないという、あの時の心の棘は今も奥底に残ったままだった。
それから私は、はじめの試合を応援しに行くのを止めてしまった。
「会場には行けないけど・・・はい、これ。」
はじめにはナイショで、私は武運の神様だという諏訪大社にお参りに行っていた。
神社の社務所で買ってきた「勝守」をはじめに渡すと、先ほどのショボンとした態度から一変して、とても嬉しそうな表情になった。
「これは・・・」
渡した御守りをじっと見つめていたはじめが、ゆっくりと顔を上げた。
そして私は気が付いたら、彼の腕の中にいた。
「なまえさん、ありがとう。」
至近距離で見つめるはじめは、今までに私が見たことがないような表情をしていた。
彼の瞳は、前からこんなに深い蒼色をしていただろうか・・・
そこにはもう、私がよく知っていたはずの少年の面影はどこにもなかった。
明かりに背を向けていた彼がつくり出す影のせいなのだろうか・・・
そこには単純な喜びよりも複雑な切なさの方が、より多く潜んでいるように見えた。
はじめの温かい手が私の頬にふれて・・・
そっと重なった唇はとても甘くて、何だかセツナイ気持ちになる。
自分の方が4歳も年上だってことは、もう考えたくなかった。
はじめが私にくれた「永遠」は、これ以上ないくらい居心地のよい場所ということを・・・もうずっと前から、私は他のどこにも行けないってことも解ってた。
私より少しだけ体温の高いはじめに包まれて目を閉じた。
「早く・・・なまえさんに相応しい大人になりたい。」
温もりの向こうで、はじめが小さい声でそう言ったのが聞こえた。
今度の試合・・・はじめの高校最後の試合、見に行ってあげようかな。
私がそんな気持ちになってしまった事を、今はまだはじめには秘密にしておこう。
内緒で見に行っても、ちゃんとはじめは私を見つけてくれそうな気がする。
きっと脇目もふらずにまっすぐに私の所に来てくれるはずだから、そしたら私もちゃんとはじめに伝えよう。
――あなたも私の永遠なのだと。
Fin.
『さかなざ』Mifuyu様より
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