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「泊まっていくでしょ?」

お互いに500ミリの缶ビールを二本ずつ空け、用意したつまみがなくなった頃。
アルコールの効果もあってか、ようやく緊張の解けてきたらしいはじめにそう聞けば、彼は再びフリーズして初期状態に戻った。

「え、帰っちゃう?だったら急がないと、そろそろ終電だけど」

時計を見れば、時刻は間もなく24時になろうとしている。
明日は土曜日。
私も久しぶりに休日出勤を免れた。
だから今夜は、二人でゆっくりするつもりだったのだけれど。

そう言えば、はじめはほんのりと目元を赤く染め。

「それは、つまり…その、俺が泊まっていっても差し支えない、と。そういうことだろうか」
「うん、そうなんだけど」
「ならば…その、あんたの言葉に甘えようと、思うのだが、」

恥ずかしげに、そして、嬉しそうに。
目を細めて笑った。
そんな顔をされると、我慢出来なくなっちゃうんだけどな。
そう、心の中で呟いた。

「シャワー、先に浴びておいで」

その間にここ片付けておくから。
と、続くはずだった私の言葉は。
はじめがローテーブルに膝を思い切りぶつけた音に遮られた。

「え、大丈夫?!」

随分と痛そうな音がした。
でもはじめは自分が膝をぶつけたことになんて気付いてもいない様子で、再び真っ赤になった顔で私を見ている。

「はじめ?」
「…ふ、風呂か……そう、か。そうだな……、いや……」
「えーっと、お湯、ためた方がいい?」
「い、いやっ、そういうわけでは、」

焦った様子で首を振られ、なんだか可笑しな気分になってくる。
ここまで緊張されると、意識されていることを喜ぶべきなのかどうなのか、分からなくなってくるけれど。
同時に、どうせならもう少し揶揄ってみたい気もしてくる。

「それとも、一緒に入る?」

案の定。
その提案に、元々赤かったはじめの顔は更にその色を濃くし、首まで染め上げた。

「冗談だよ。大きめのスウェット用意しておくから、入っておいで」

そう促せばはじめはそそくさと立ち上がり、ラバトリーに姿を消した。
やがて、シャワーの音が微かに聞こえ始める。
以前サイズを間違えて買った私には大きいスウェットの上下を手にラバトリーのドアをスライドさせれば、そこにはきちんと畳まれたスラックスとワイシャツがあって。
やっぱりそういうところに性格が滲み出ているのだと思うと、どうにも笑いが込み上げる。
その隣に着替えとバスタオルを並べ、そっとラバトリーを後にした。

はじめがシャワーを浴びている間に、ローテーブルの上を片付けて洗い物を済ませる。
作業が終わったところで、ちょうどはじめがバスルームから出てくる音が聞こえた。
やがてリビングのドアが静かに開き、はじめが顔を出す。

「すまない、先に、」
「いいのいいの、私も入ってくるね。冷蔵庫にお水あるから、好きに飲んで」
「承知した」

スウェットを着て、その両腕にスーツやらワイシャツやらを抱えたはじめが、こくりと頷く。
いつもはふわふわと柔らかそうに揺れる髪が、今は濡れてぺたりとしていて、なんとも可愛らしい。
妙に擽ったい気分になって、思わず笑った。

「なまえ?」

何が可笑しいのかと、はじめが首を傾げる。
その、いちいち小動物を連想させる動きが、どうにも悪戯心を煽ってくるのだ。
もちろん本人は、全くの無自覚なのだろうけれど。
笑いを抑え、唇をはじめの耳元に寄せた。

「ベッドで待ってて、ね?」

そのまま横を通り過ぎ、ラバトリーのドアを開けて中に入る。
きっと今頃、はじめは再び真っ赤になっているだろう。
漏れそうになる笑いを押し殺しながら、私は手早く服を脱いで頭からシャワーを浴びた。

別に、どこで待っていても構わない。
もちろん寝室でもいいし、リビングでもダイニングでも、どこでもいい。
だけどはじめはきっと、律儀に寝室で待っているのだろう。
少し恥ずかしそうに、俯きながら。
私を待っていてくれるのだろう。
そう思うと、じわりと胸が温かくなった。

そんな私の予想は、大方当たっていた。
はじめはやはり律儀に寝室で、俯き加減に私を待っていた。
ただ想定外だったのは、ベッドの上でもまた正座をしていた、ということで。
私はついに吹き出してしまった。
そんな私を見て、はじめが怒ったような泣き出しそうな、複雑な表情を浮かべたから。
私はベッドに乗り上げ、はじめの前に腰を下ろした。

「ねえ、」

熱を持った頬に、手を添える。
藍色の瞳は薄い膜を張ったかのように潤み、その奥に欲情をちらつかせていた。
少し顔を寄せれば、はじめが物欲しそうな表情で私を見つめた。

「どうしたい?」

唇が触れ合うまで、あと僅かな距離を残して囁きかける。
視線を絡ませれば、藍色が揺れた。

「はじめ?」

聞かせてよ。
物分かりのいい、何の不満も口にしない。
そんな君を、健気で愛おしいと思うけれど。
どうやら私は、君にだけは我儘を言ってほしいみたいだと。
気付いてしまったから。
だから、聞かせてよ。


「……あんたを……、なまえを、……抱きたいのだが…、良い、だろうか、」


そうしたら、私は君に抱きついてキスをしてあげるから。



ゼロセンチのその先へ

- あとは、繋がって溺れるだけ -


END


『The Eagle』 城里 ユア様より



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