斎藤くんって格好いいね、って言う度に貴方は顔を歪ませていた。そのことに気付いたのは全部教えてもらった後のことだった。

「僕はね、君のことが好きなんだよ」

 放課後、いつものように何人かで残って世間話をしていた。その中には沖田君も居て、斎藤君は居なかった。その流れで、突然の告白。友達もみんな居る中での告白。私の居た堪れない表情を汲み取ってくれたのか、先に帰るね、と私と沖田君を残して全員帰ってしまった。二人きりで残されて余計に気まずかった。
 沖田君の好意に全く気づいていないほど鈍感ではなかったけど、まさか、と私は本気で思った。確かに沖田君はよく話しかけてくれたし、冗談混じりに受け答えして会話も弾んだ。時々意地悪だったけど、結局は色々気に掛けてくれる。でも、そんな風に仲良くしてくれるのは単純に沖田君のお気に入りの一人になれたからだと私は思い込んでいた。最近は斎藤君ともクラスメイトとしてだけど雑談することも出来るようになっていたし、斎藤君と沖田君が仲良しだって言うのは知っていたから、親友の友達ポジションになれたのかなと、勝手に思っていた。まさかそれが恋愛的な好意からくるものだとは想像もしていなかった。斎藤君のことしか頭に無かった自分がちょっとだけ恥ずかしかった。
 私が斎藤君の名前を上げる度に、沖田君はどんな気持ちになったんだろう。私の好意は、隠しているつもりだけど周りにはバレバレで、むしろなんで斎藤君が気づかないのか分からないと事情を知る子が口を揃えて言うレベルだった。だからおそらく、特にそういう他人の機微に敏感な沖田君は間違いないなく気付いていたと思う。沖田君はクラスが違うけどかなりの頻度で私のクラスに遊びに来ていた。ほとんどは斎藤君にちょっかいをかけに来ていたみたいだけど、その流れで私も会話に混ぜてもらえることが多かった。私はその時も、「ラッキー」くらいにしか思ってなかった。だって、斎藤君の話を聞けるから。そんな私の浅ましい感情を見て沖田君は、何を考えたんだろう。
 私だったら、嫌だ。恋は、叶うかもしれないという期待があるから頑張れる。心を弾ませる。大好きな人の隣に立てたらと、「もしも」の未来を想像するから楽しい。だけど、それが到底手に入らないものだと知ってしまったら? 想い人には別に好きな人がいると知ってしまったら。ましてやその相手が自分の大切な友達だと知ってしまったら。……私は嫌だ、そんなの。耐え切れないと思う。だって、辛いだけだもの。想い人に振り向いて欲しい。でも同時に、友達と想い人が幸せになれるんだったらと躊躇してしまう。自分が身を引いたら二人が幸せになれるんじゃないかって思ってしまう。自己犠牲って笑われるかもしれないけど、リスクばかりの賭けを果敢に攻めていける自信が無かった。
 だから、真っ直ぐな沖田君はすごいと思うし、尊敬するからこそ、私は苦しい。

「あの、ね。私……」
「知ってるよ。なまえちゃんが好きなのは、一君でしょ?」
「うん……」

 そんな顔、しないで。

「僕もさ、身を引くべきか悩んだんだ。なまえちゃんが好きなのは一君だし、なまえちゃんは一君の傍にいる時にとっても楽しそうに笑うから」
「……ごめんなさい……」
「謝らないでよ」

 どうして、そんな事が言えるの。
 どうして貴方は、そんな風に笑えるの。

「沖田君、私……」
「別に、好きになれなんて言わないよ」
「…………」

 沖田君は、薄く笑みを浮かべていた。
 ぞくりと背筋を冷たい指でなぞられているようだった。私には沖田君が分からない。どうして笑って居られるのか分からない。だって、私は、断ろうとしてるのに。私の口から「貴方が好き」という言葉は出てこないと、沖田君だって分かっているはずなのに。どうして貴方は傷付いた表情を浮かべないの?
 もし沖田君が悔し涙を浮かべていたら、きっと私は背徳感に押し潰されながら、それでも三日も経てば何事も無かったかのようにこの恋心を育んでゆけただろう。沖田君の好意を知らない私に戻ることが出来た。そうやって、ただ斎藤君のことだけを考えて居られただろうに。貴方にとって私は手の届かない場所に佇んでいるはずなのに、どうして貴方は獲物を見つけた獣のような目をしているの。

「私は、貴方を好きになったりはしない」

 ゆっくりと、吐いた言葉。まるで誰かに言い聞かせるような台詞。本当に言い聞かせたいのは誰だろう。この言葉は誰に向けられた言葉だろうか。間違っても、目の前にいる沖田君には、私の声は届いてなどいない。
 弧を描くような唇をただ見つめていた。沖田君の目が、怖かったから。逃げるように、沖田君の声を届けるはずのそれに目を向けていた。けれど唇が動くことはなかった。緩やかに上向きの曲線を描いたままで、止まっている。どうして、どうして。どうして何も言ってくれないの。どうか否定する言葉を吐いてよ。酷い女だと罵ってよ。じゃないと私。……私は、一体どうなってしまう?

「なまえちゃんは僕のことを好きにはならない。だってなまえちゃんには、もう別に好きな人がいるから」
「…………」

 沖田君の言葉は静かに染み渡る。誰も居ない教室に、こだますること無く消えていく。だけど私の耳にはしっかりと届いていた。鼓膜を震わせていた。脳を揺さぶりかける音の波。当たり前のことを述べているだけ、それだけなのに沖田君の言葉は私の記憶に刻みつけられる。まさに暗示だ。言葉の呪縛。そうだと宣言することで、私の心を確認して、それから。

「だけどなまえちゃんは今日のことを忘れることは出来ない」

 そうだよ。その通りだよ。沖田君のその勝ち誇った顔が私は忘れられない。私は、斎藤君のことが好き。その気持ちは嘘偽りなんてこれっぽっちも存在しなくて、だからこの心が変わることはないたぶん一生無い。他の誰かを好きになるなんて、考えられないよ。なのにどうして、沖田君は諦めていないの? どうしてそんな風に自信を持っていられるの。沖田君、自分で言ってるじゃない。私は沖田君のことを好きにならない、って。好きになってもらえなくて、それでいいの?

「僕がこんなことを言うの、不思議?」
「……だって……」
「僕はね、諦めたわけじゃないんだ。なまえちゃんが一君のことしか考えられないのも分かってる。だけど僕は自信があるよ。振り向かせられなくても、なまえちゃんは今日の一件で僕のことを忘れられなくなるから。一君の姿を見る度に、無意識に思い出してしまうんだよ。ちらついて、離れないんだよ。例え視界に僕が映っていなくたって、知らず知らずに姿を目で追ってしまう。不思議だね。僕はちっともなまえちゃんに近づいていないんだけど、でも、そうやってなまえちゃんの心の中にいるだけで、僕はかなり満足かな」

 心臓が鳴る。ときめきの音ではない。恐怖を感じた時に鳴る、早鐘の音。
 これは沖田君が仕掛けた罠なんだ。そこに私は足を踏み入れてしまって、二度と抜け出すことは出来ない。私の想いは斎藤君に向かっている。だけども、身体を縛る透明な糸が続く先はもっと奥底に存在する。主の正体は、姿こそ見えなくとも言わずもがな。斎藤君を好きだと口にする度に、私はきっと沖田君の「好き」を思い出すんだろう。忘れ去ることの出来なかった、誰も受け取ることが出来なくて行き場を失って彷徨い続ける感情に触れてしまって。ニヤリと笑った口元を、また思い出してしまうんだろう。そうして一歩、水底へと足を踏み入れてしまう。気づかぬ内に、私は貴方という底なしの沼に溺れてしまうのでしょう。
 好きという気持ちは、恋という衝動は、一時のものだと誰かが言った。その一瞬一瞬は運命の相手だと信じても、終わりの時が訪れれば綺麗さっぱり忘れてしまうのだと。反対に、永遠であるものが愛なのだと。なら、こうして心に引っ掛かったままじくじくと身を焦がす刺に名前を付けるなら、きっと。




「好きになれなんて言わない。ただ、愛してくれるならね」




恋の末路をあなたは知ってる



END


『夢想花屑』みかん様より。


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