あんたは"一目惚れ"という言葉を信じるだろうか?
少なくとも、俺は信じない。
いや、信じていなかった。
まるで、人の外見だけを見て、中身を見ていないのと同じではないか。
いつも剣道部につきまとう女子生徒と同じではないか。
そう思っていた。
―なまえと会うまでは…―
隠れ狼の受難と栄光
「斎藤先輩、お疲れさまです!」
そう言って、いつも笑顔でタオルを渡してくれるなまえ。
俺はなまえと会った時、直ぐに恋に落ちた。
所謂、"一目惚れ"だった。
"はじめまして。
今日から剣道部のマネージャーをやることになりました、なまえです。
未熟ながら頑張りますので、よろしくお願いします!"
剣道部は普通マネージャーをとらない。
しかし、雪村1人では大変だということで、オーディションのような形で選んだのだった。
それで選ばれたのがなまえだった。
彼女はとても気が利いていた。
更には頭もよく、マネージャーの仕事を着々と覚えていった。
しかし、この恋心を持ち続けてはや半年。
俺は問題を知った。
それは、なまえはこの学校で男女ともに人気があった事だった。つまりは、俺のような者が複数いるという事だ。
そして、さらに問題は…
「沖田先輩、お疲れさまで…きゃっ!」
「なまえちゃんお疲れさま。
いつもありがとうね。」
「おおお沖田先輩っ!
離してくださいっ!」
「なまえちゃんって、いい匂いするね。
シャンプー、あててあげよっか?」
「や、やめてくださいっ///」
「仕方ないなぁ…」
「も、もうっ!
こんなことは絶対駄目ですっ!」
総司も、なまえの事が好きだということ。
奴は手が早いから、いつなまえが総司に…
い、いやっ、考えるな!
とにかく、俺は心配で仕方がなかった。
総司はご丁寧にも、こちらを向いて舌を出して去っていった。
部活が終わった時、俺は総司に呼び出された。
「何用だ?」
「やだなぁ、分かってるでしょ?
なまえちゃんの事だよ。」
「…」
総司の口からなまえの名前が出てきて、少し焦った。
それを読み取ったのか、総司は口角をあげてまた話し出した。
「やっぱり、一君もなまえちゃんの事、好きなんだ?」
「…"も"、ということは、あんたもだろう?」
「うん、そうだよ?
だからさ、勝負しようと思ってね。」
「勝負?」
「うん。
今週の日曜日の部活で、なまえちゃんをかけて勝負しよう?
勝った方が告白出来る。」
「負けたら?」
「もちろん、告白の権限はない。
どう?面白い勝負でしょ?」
「そのような…」
「負けるのが恐いの?
やらないなら、僕の不戦勝だよ。」
「…っ!」
そう言われてしまえば、やらざるを得ない。
「…分かった。
今週の日曜日だな?」
「そうこなくっちゃ。
言っとくけど、絶対負けないよ?」
「その言葉、そのまま返そう。」
そう言って、俺達は別れた。
土曜日の部活終了後、俺はなまえを呼び止めた。
「明日の放課後、少し残っててくれないか?」
「あ、はい。
いいですけど、それ、沖田先輩にも言われました。
明日、何かあるんですか?」
「…あぁ」
「わかりました!」
そう言って笑顔で告げるなまえに、また胸が高鳴った。
なまえが他の誰かにとられるなど、気が狂ってしまいそうだ。
俺は、絶対に勝とうと意気込んで、なまえと別れた。
そして、ついにきた日曜日。
練習が終わると、他の部員を帰らせて、なまえと総司と俺だけになった。
「俺達の試合を見ていてほしい。」
「わかりました。」
「じゃあ、始めよっか。」
俺達はそれぞれ位置につき、向かい合って竹刀を構える。
「始めっ!」
なまえの声を合図に打ち合いが始まる。
俺も総司も本気だった。
互いに、敵を見るような眼差しで打ち合う。
少し時間が経った時、総司は勝負に出たのか、得意の三段突きの構えに出た。
それは1度に3回打ち込む技だった。
「一君、この勝負はもらうよ?」
「…っ!」
このまま負けてなるものか…!
俺は目を凝らして総司の技をかわすと、堂々と頭に打ち込んだ。
「一本!」
勝負は終わった。
互いに元の位置に戻り、竹刀をおさめた。
「あーあ、負けちゃった。
自信、あったのにな。
ま、勝負だしね。
約束は守るよ。」
「じゃあね」と言って、総司は去っていく。
俺は、なまえに向き直った。
「なまえっ!」
「斎藤先輩!凄かったです!
沖田先輩の技をかわすなんて!」
「あ、あぁ…」
興奮気味のなまえに、俺は勇気を振り絞って言った。
「なまえ、お前に、話したい事がある。」
「は、はい!何でしょう?」
「お、俺は…」
「…」
落ち着け、ここで気持ちを伝えねば!
「俺は、なまえが、好きだ。」
「え…」
「付き合ってほしい。」
「う…」
俺がなまえを見ると、真っ赤になって言った。
「う、嘘!
嘘、うそっ!?
えっ、ホントですかっ!?」
「俺は、嘘などつかぬ。」
「…っ!」
すると、なまえは更に頬を染めて言った。
「…私も、斎藤先輩が好きです…っ///」
「…っ!」
ぐいっ…
「ぅわっ!」
俺は、なまえの言葉を聞いた瞬間に嬉しくて抱き締めた。
「ちょ、斎藤先輩っ///
は、離してくださ……」
「うるさい」
「うる……!?」
「察しろ」
俺は何と無く恥ずかしくなり、なまえの体に顔を埋めた。
きっと今、俺の耳は真っ赤に染まっているだろう。
頼む、気づくな、と思ったのもつかの間。
目の前の彼女は笑い出した。
「……ふふっ」
「!?
なっ、なんだ?何が可笑しい?」
なまえを相手にすると、やはり緊張してしまう。
「いえ、先輩がちょっと……」
「?」
「………可愛くて……」
「なっ!?」
やはり気づいてしまったなまえは、俺を可愛いなどと言って、また笑った。
だがその一言で、完全にスイッチが入った。
「男に可愛いなど、使うものではない。
……あんたには、それを分からせるしかないようだな。」
「え?」
明らかに先ほどとは違う黒いオーラを感じとったのか、俺を見た彼女。
否、彼女が俺を見ようとした瞬間に、彼女の唇を塞いだ。
「んむ……っ!?」
びっくりしたのか、状況についていけてないなまえは、必死に暴れて抵抗しようとしている。
しばらくの間、塞いでいると、さすがに苦しくなったのか、顔を真っ赤にして、ドンドンと叩くなまえに、俺はようやく離れた。
「はぁっ!……せっ、先輩……っ!
こ、ここは……っ、がっこ……っ」
「うるさい、場所など構うものか。
この戦いに勝利したのは俺だ。
あんたに好き勝手する権利はあるだろう?」
「そっ、そんなの……っ!」
「黙れ。
あんたは今日から俺のものだろう?
少なくとも、こんなに待たされ、やっと勝ち取ったのだ。
……今日は俺の言うことを聞いてもらおう」
何とかして逃げようとする彼女の発言をことごとく折っていき、独占欲をむき出しにして、そう耳元で囁けば、彼女はビクッとしたあと、身動きをとらなくなった。
「……ずるいです。」
「ふっ、何とでも言え。
何度でもその口を塞いでやる。」
「んむっ!」
涙目の彼女にまた深くキスをすると、彼女は苦しそうに唇を離した後、
「このっ、隠れ狼っ!」
と言って俺の背中に手を回した。
俺よりも幾分小さいながらも、暖かいその温度に、俺は時間を忘れて浸ってしまうのだった。
fin.
『Love Letter』結依様より
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