※すっ転んだ私をネタに素敵なお話を書いてくださいました・・・!


人間、頭では理解していたって、実際の行動に移せないことはたくさんある。
高所から落ちる時は受け身をとれっていうことも、そのうちの一つだと思う。
そもそも、受け身とはなんだ。
頭を庇えってことだろうか。
そんなことすら知らない私が、まさか咄嗟に何かしらの対応策を講じることなど出来るはずもなく。

通勤ラッシュが少し落ち着いた、午前9時。
私は駅のホームから改札に向かう途中の階段で、足を滑らせて残りの数段を滑り落ちた。

「きゃああああっ」

受け身だの何だのなんて、頭の片隅にすら思い浮かぶことはなく。
私に出来たのは、情けない悲鳴を上げることだけだった。

「いっ、たああああ……っ」

容赦無く段差に擦れた足と、打ち付けた腰。
条件反射のごとく漏れた呻き声。

だけど実際は、覚悟していたよりもずっと、

「……痛く、ない?」

身体を襲った痛みは、不思議とそれほどでもなくて。
どうしてだろう、なんて呑気に考えながら、それでも多少は痛む腰に手を当てようとしたその時。
何か、自分の身体ではないものに触れた。
これは階段、でもない。

「え……?」

これは、なに。
一瞬で停止した思考に、突如少し潰れたような低音が飛び込んできた。

「大丈夫か、」

その声に誘われるように、恐る恐る下げた視線の先。
私の下に、人の身体があった。

「ごっ、ごめんなさいっ!」

飛び起きた。
朝目が覚めて時計を見て、普段ならばすでに家を出ている時間だと悟った時以上の勢いで飛び起きた。

ふらつく足もそのままに、脱げたパンプスすら拾うことなく、ストッキング一枚で立ち上がる。
そんな私の目の前で、倒れ込んでいたその人もまた立ち上がった。
これは、庇ってくれた、ということなのだろうか。
それとも、ただ私が巻き込んでしまったのだろうか。
どちらにせよ、とても申し訳ないことをしたという事実に変わりはない。
私は勢いよく頭を下げた。

「本当に申し訳ありませんっ!あの、お怪我は、」

上から降ってきた私の下敷きになったこの人は、私よりずっと痛かったのではないだろうか、と。
顔を上げて、私は固まった。

「大事ない。あんたこそ、どこか痛むところはないか」

そこに立っていたのは、それはもう驚くほどのイケメンだったのだ。
背はそれほど高くないけれど、手足が長くてバランスがいい。
男の人にしては色白で、心配そうに私を覗き込む蒼い目がびっくりするくらい透き通っていて綺麗だった。

「やはりどこか痛むのか?」

絶句した私に何を勘違いしたのか、イケメンが身体を屈めて私の脚を見ようとしたので、私は慌てて一歩後退った。

「だっ、大丈夫です!どこも、全然!」

それは、日本語として明らかに崩壊している科白だったけれど。
とりあえず目の前のイケメンに、私が無事だということは伝わったらしい。

「そうか、ならばよかった」

落ち着いた話し方に、落下とイケメン登場の二重の衝撃に激しく脈打っていた鼓動が少し収まってくる。

「あの、本当にすみませんでした。ありがとうございました」

私はもう一度頭を下げてから、転がっていたパンプスに足を突っ込んだ。
その瞬間。

「い…っ、」

足首に走った激痛。
どうやら角度によってはひどく痛むらしい、と気付いたところですでに手遅れ。
ふらり、と身体がよろめいた。
でも、再び地面に倒れ込むことにはならなかった。

「やはり痛めたようだな」

それは、この超絶なイケメンが私を支えてくれたからで。
腰と肩に触れた手と、あまりの至近距離に、私の心臓はまたもや激しく高鳴った。

「すまない、庇いきれなかった」

間近に私を見つめていた目が、申し訳なさそうに伏せられる。
謝ることなんて、何もないのに。
十分、助けてもらったのに。

「いえっ、あの、本当に大丈夫です!多分靴を履かなければ歩けると思うので、」
「駄目だ」

これ以上迷惑をかけてはいけないと、慌てて捲し立てた私の言葉は、しかし最後まで声にならず。
気が付けば私の身体は、先ほどまでよりもずっと彼の近くにあった。

抱きしめられてる、の?

すでに限界ギリギリだった私の脳みそは、ついにキャパオーバー。
それっきり、思考を放棄して真っ白になった。


次に気が付いた時には、なぜか私はこのイケメンと隣り合わせでタクシーに乗っていて。
かと思えば、次の瞬間には彼の自宅らしきところで手当を受けていて。

「いつも、同じ電車に乗っていた。背筋を伸ばして立つあんたのことが、ずっと気になっていた」

そしてどうしたことか、私はこのイケメンにキスをされていた。


階段から落ちるついでに、私は恋にも落ちたらしいと気が付いたのは、それから数分後のことだった。


END


『The Eagle』 城里 ユア様より

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