※私の実話をアレンジして素敵なお話にしてくださいました。



ぺた、ずり、ぺた、ずり。

何とも間抜けな音が、夜道に響く。
左右不揃いな足音の原因を見下ろして、私は何度目かの溜息を吐いた。


「ごっ、ごめんなさい!」

そう言った千鶴ちゃんは、本当に焦って申し訳なさそうな顔をしていたから。
大丈夫だと笑ってみせた。

先ほど駅で分かれた千鶴ちゃんが、うっかり踏んでしまった私のビーチサンダル。
それに気付かずに歩き出してしまったせいで、ぶちりと切れた鼻緒。

実際、彼女を恨む気持ちなんてこれっぽっちもなかったのだけれど。
でも、連勤で疲れた足に鼻緒の切れたビーチサンダルを引っ掛けて、ずりずりと歩くこの不運を呪わずにはいられない。

右足を出す、ぺた。
左足を引きずる、ずり。

慎重に引きずらないと、すぐに足がはみ出てアスファルトとこんにちはをしてしまう。
こんなに神経がすり減る歩き方は他にないと思う。

私服可に甘えてビーチサンダルで仕事をしていたのが悪かったのかな、なんて訳の分からない反省をしてみたところで、状況が改善されるわけでもなく。

ずり、と再び左足を出したその時。

「大丈夫か、」

不意に背後から聞こえた男の人の声に、驚いて振り返った。
その拍子。
普段とは違う歩幅で歩いていたせいでバランスを崩した私は、咄嗟に足で踏ん張ろうとして。
だけど、ビーチサンダルの上から離れてしまった左足に気を取られ、一瞬の躊躇。

転けちゃう、そう思った時だった。

ぐい、と引き寄せられた身体。
突然間近に迫った体温と、知らない匂い。

「大丈夫か、」

もう一度、先ほどと同じ声が今度は頭上から降ってきた。

「え……?」
「すまぬ。俺が急に話しかけたせいだな」

恐る恐る顔を目を開けてみれば、そこにはモデルか俳優か、といった顔立ちのイケメンが立っていた。
そのイケメンが突然しゃがみ込み、私の宙に浮いた左足の下に鼻緒の切れたビーチサンダルを置いてくれる。
暗闇に溶けるような色の髪を見下ろしつつ、私はその上に足を下ろした。

「す、すみません…」

初対面の男の人、しかも物凄いイケメンに一体何をやらせているのかと、何だか恐れ多くなって謝れば。
私の前にしゃがんだイケメンが顔を上げた。
驚くほど澄んだ碧い瞳に見上げられて、私の心臓が妙な音を立てる。

「…あんたは、」
「……え?」

耳に心地良い声が、何かを言いかけてそのまま黙り込む。
下から見上げられるという状況に居た堪れなくなって、私は視線を彷徨わせた。

「あ、あの…」
「家は何処だ」

何か言わなければ、と言葉を探した私を遮って。
イケメンがようやく立ち上がった。

「家は…もう少し行ったところにあるマンションなんですけど、」

そう答えれば、イケメンは納得したように頷いて。

「送ろう」

事もなげにそう言った。
そのあまりに平然とした態度に思わず頷きかけて、私は慌てて手を振った。

「いえっ、そんな、大丈夫です!本当に、なんかすみません!」

これ以上迷惑をかける訳にはいかないし、何よりこんなイケメンと二人きりなんて心臓に悪すぎる、と。
目一杯に断りを入れた私を見て、イケメンはほんの少しだけ笑うと。

「…悪いが、ようやく好機に恵まれたのだ。これを逃す手はない」

そう言って、私の手からバッグを奪った。
その言葉の意味が分からず、首を傾げた私に向かって。

「毎晩この時間に、此処を通るだろう。…以前から、知っていた」
「………えっと、……え?」
「話してみたいと、ずっと思っていた」
「…あの、」
「…今日、足を引きずって歩くあんたを見て、これはチャンスだと思ったのだ」

そこまで言って、イケメンは突然私から目を逸らすと。
街灯の下、目元をほんのりと赤く染めて。

「…俺に、家まで送られるのは迷惑か、」

ぽつりと、そう聞いた。

たぶん私も彼と同じくらい赤くなっているだろうなと気付いたのは、このイケメンが私の肩を支えるように引き寄せてからだった。




END


『The Eagle』 城里 ユア様より

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