※仕事で疲れている私にドッキリでお話を書いてくださいました!


それは、一言で言うと挙動不審だった。


元々、頭に超がつくほど真面目な性格が災いして、あれやこれやと悩みやすい性質の人である。
だから、部屋の片隅でじっと一点を見つめたきり動かない、なんてことになっていても、最近はあまり気に留めないようになってきた。
そういう時はしばらく放っておけば、いずれ自分で何かしらの結論を出し、いつの間にか普通の状態に戻っているのだ。

だが、今日のこれは何かがおかしい。
私は手元の雑誌に視線を落とすふりをして、隣に座るはじめをちらりと見やった。

夕食を終えてからお風呂に入るまでの間、はじめが淹れてくれたお茶を飲みながらリビングのソファで寛ぐ。
これは、私がはじめの家に泊まる時の定番だった。
いつも、お互いに本を読んだりテレビを観たりと思い思いの時間を過ごす。
私は先日会社の同僚に借りた、というより半ば無理矢理押し付けられたファッション誌を眺めている。
そんな私の隣、いつもならば活字だらけの小難しい経済誌なんかを真剣に読んでいるはじめは、なぜか今日は何もせずにただソファに腰掛けている。
しかも、その座り方が異常に浅い。
はじめは元々ソファの背凭れにあまり頼らず背筋を伸ばしていることが多いが、それにしたって浅い。
座面の端にギリギリ乗っかっているだけのお尻は、今にもフローリングに落ちてしまいそうだ。
でも、まあこの際そのくらいは気にしないとしよう。
人の座り方にまで文句をつけるつもりはない。

だがはじめに感じる違和感は、それだけには留まらないのだ。
次に妙なのは、その手だ。
男の人の手なのにすべすべで白くて指も長くて、でもよくよく見てみると筋や血管が浮いていて、私より硬い。
と、そんなことは今はどうでもいい。
その綺麗な手が、いつもは優雅にページを捲るはずの手が、今はなぜか膝の上で開いたり閉じたりを繰り返している。
エンドレスに続くその動きは、何かの体操だろうかと思うほどだ。
そしてなぜか、その手が乗っている脚もまた、股を開いたり閉じたりを繰り返しているのだ。

ここまで言えば、もうお分かりだろう。
今日のはじめは、全くと言って差し支えないほど落ち着きがないのだ。
幼稚園児でさえもう少し大人しくしているものだろうと思うほど、落ち着きがないのだ。
流石の私も、隣でそんなにそわそわされれば気になる。
というか、気にならない方がおかしい。
しかも、はじめはちらちらとあからさまに私の方を窺っているのだ。
そんな視線に晒され続けていては、雑誌の内容なんて頭に入ってくるはずもない。

だがら、思い切って聞いてみた。

「ねえ、どうかしたの?」
「っ、な…にが、だ」

どうかしました、と認めたも同然の返答である。

「自分で分かってると思うんだけど?」
「………」

別に、怒っていたわけではない。
ただちょっと、最近忙しくて疲れていたからか、少し意地悪な言い方になってしまった。
その途端、はじめが俯いて黙り込む。

「黙ってたら分からないよ?」
「………」

埒が明かない。
私は膝の上の雑誌をぱたんと閉じて身体の向きを変え、はじめの方に向き直った。

「ねえ、どうかした?」
「………つ、」

俯いたままようやくはじめが口にしたのは、たったの一音だった。

「…つ?」
「つ、疲れて、いるか?」

その想定外な問いに、少し調子を狂わされた。

「まあ、どっちかって聞かれたら疲れてるけど」

先日も休日返上で出勤したばかり。
次の休みまではまだあと3日もある。
脚はパンパンだし、少しうんざりしているのも事実だ。

「そ、そうか…いや、そうだな。当たり前だ」

そう答えると、はじめは消え入りそうな声でそう呟いて再び黙り込んだ。

「……それで?私が疲れてたら何かあるの?」
「いや、疲れているならば、ない。何もない。何もしない」

今度は少し早口で、まるで言い訳のような口調。
聞こえてきた単語に、私は反応した。

「何もしない?」
「いっ、いや、それはその、」

オウム返しに聞いた途端、はじめが突然顔を上げた。
その顔が、耳までほんのりと赤く染まっていく様子を見つめながら、私は事の真相を察した。

「ふうん?」

察した、けれど。
少し焦らしたくなってしまったのは、疲れていて機嫌が悪かったからってことにしておいてほしい。

「じゃあ、シャワー浴びて寝ようか」

そう言ってソファから立ち上がる。
雑誌をローテーブルに置いて、一歩踏み出したその瞬間。
くん、と小さな抵抗。
振り返れば、はじめの左手が私のワンピースの裾を摘まんでいた。

「…なに?」

俯いてふるふると震えるはじめの頭を見下ろす。

長い沈黙が流れた。
痺れを切らし、そろそろ譲歩してあげようかと思った時。

「…あ、あんたと、シたい…っ」

さっきよりももっと真っ赤になったはじめが、顔を上げた。
くすり、と笑いが漏れる。

全く、最初からそう言えばいいのに。


「お風呂で待ってるね」

私は、今にも煙を上げそうなほど赤い耳に唇を寄せた。




END


『The Eagle』 城里 ユア様より

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