深夜の、下品でくだらないバラエティー番組をつけっぱなしにしたまま、ベランダに出てタバコを吸っていた。

笑う気にもなれないのは、今この間にも、あいつが土方さんと一緒にいるその事がたまらなく不安だからだ。

他の事でも考えていれば、少しは気が紛れるんじゃないか。

それなのに、映画でも借りるかと立ち寄ったレンタルショップの品揃えが悪すぎて、結局くだらないテレビをつけるしかなかった。

おかげでどうしたって頭の中には、あいつが土方さんの隣で笑ってるその様子が浮かぶ。

けれど今俺の耳に聞こえるのは、たいして美人でもないアイドルと、つまらない芸人の頭の悪そうな笑い声だった。




計算高いシンデレラ




「おはようございます」

いつもよりほんの少しだけ高い気がする声と、それから、妙にすっきりしたような表情。

昨日何かがあったと思わざるを得ない。

どうせ深夜まで飲んで、送ってもらって、そのまま―――

「原田さん?」

「ん、ああ悪い、なにか言ったか?」

「おはようございます」

「ああ、おはよ」

「変な原田さん」

くすくす、と笑う可愛い彼女越しに、土方さんがニヤリとした顔でこっちを見ている。

なんだよそれ、どういう意味だ?

さすがにあからさまに顔になんて出せるわけがないが、ピクリと頬が少しだけ引きつった気がする。





昨日、終業時間ぴったりに席を外した彼女にどうかしただろうかと思いつつも、帰り支度を終えた俺はいつものように新八に声をかけて会社を出た。

会社から近い、焼き鳥のうまい大衆居酒屋の外の席からは、土方さんと彼女が隣同士歩いているのがはっきりと見えた。

見間違うはずなどない。

なんであの二人が一緒にいるんだ?

さっきわざわざ席を立ったのは、土方さんが終わるまでの時間をどこかで潰そうとしていたからか。それとも、俺に声をかけられるのを避けるためか。

「左之、どうかしたか?」

「・・・・・・いや」

くいっと煽った日本酒がどんな味だったか覚えてない。

喉よりも、カッと熱くなってしまった頭をどうして冷まそうか、それだけ考えながら、新八の話に相槌を打っていた。

ただ、一つ言えることは、惚れた女が幸せになってくれればそれでいいだなんて、俺はそんな女々しいこと言うつもりは、無い。





惚れた女は、自分の手で幸せにする。






前の企画で少しバタバタとしていたせいで、残業を二人でしていた1ヶ月前。

ずっとパソコンにかじりついていた俺は、息抜きにタバコを吸ってくると喫煙所に向かった。


「お前も適当に休憩しとけよ」

「あ、はいっ・・・」


そう頷いたはずの彼女は、手を動かすのをやめなかった。本当、真面目な奴だ。

第一印象は入社してから半年経っても変わらなかった。

タバコを1本だけ吸い終えて、首のコリをほぐしながらオフィスに戻る途中。

あいつも頑張っているからと、自販機で2本、缶コーヒーを買った。

「あ、おかえりなさい」

「ほら、差し入・・・・・・」

「・・・え?」

彼女に、買ってきたコーヒーを差し出した時、隣の俺のデスクの上には缶コーヒーが1本。

自分が買ったものでもないし、もらった記憶だってない。

今は、オフィスに俺と彼女の二人だけなんだ。ということは。

「なあ、これ・・・」

「あ・・・・・・あの、差し入れ、なんですけど・・・すみません、余計なこと」

俺の手の中にあったコーヒーに気づいた彼女は、少し気まずそうにそう言った。

彼女が買ってきてくれていたコーヒーの銘柄は、いつも俺が飲んでいるやつで。

それを覚えていてくれたことも、俺が戻ってきた時に驚かせようとしたらしいその渡し方も。

なんだ、可愛いところ、あるじゃねえか。

「考えてること、同じだったな。サンキュ」

「わ、」

「これは、俺からだ」

彼女の頭に、缶コーヒーをぽんと乗せた。

それを受け取った彼女が、大事そうに両手で握り締めて、

「・・・ありがとう、ございます」

そうつぶやいた時の、顔。

「・・・あ、ああ、いや」

正直、調子が狂った。

まさか、こんなかわいい顔して笑うと思わなかったんだ。

普段の俺なら、からかうように“可愛い顔しやがって、誘ってんのか?”と、ふざけて言えるのに。

「・・・・・・なあなまえ」

「え、あ、はいっ!?」

カタカタと、キーボードを操作する音だけが響くオフィスで突然声をかければ、驚いたらしい彼女が、びくっと肩を揺らし、目を丸くしてこちらを見た。

「この企画終わったら、飲みに行こうぜ」

「・・・・・・あ、えっと・・・・・・は、はい」

「約束、な」

「は、い・・・・・・」





企画が終わって2週間、いつ、どのタイミングで誘おうかとうかがっていたんだ。

それが、だ。

なんで土方さんと歩いてたんだ?

ただの、飲みの口約束なんか、忘れてんだろうか。

それとも、行きたくもないのに“はい”と言わせるような空気を作ってしまったんだろうか。

もしかして、俺が気づかないだけで、二人は付き合って―――

「・・・原田さん!」

「な、なんだ?」

「具合でも悪いんですか?」

「あ、いや―――ああ、そうだな、最近少し、残業も多かったから」

「今日は定時で上がれるように、私も頑張ります」

隣で、よし!と気合を入れている彼女のいつもと違う様子に驚いて、何かあるのかと聞いてみれば、一瞬口を尖らせて、ふてくされた顔をパソコンに向けた。

「本当は、今日こそ飲みに連れて行ってくださいって言おうと思ったんですけど、具合が悪いなら早く帰るのが一番ですから」

「は・・・?」

「ほら、やっぱり忘れてる」

「いや、ちょっと待て、別に忘れてなんか―――」

「・・・本当?」

パソコンのキーボードに両手を置いたまま、覗き込むように上目遣いで俺を見つめた彼女。

「あ、ああ・・・お前さえ良けりゃ、今夜でも」

「やった・・・!」

顔を綻ばせて笑う、普段見ることのない、子供みたいなその表情に、また。





調子が狂う。

ペースを乱される。

俺の余裕が、なくなる。






お互い、きちんと定時で仕事を切り上げて、行きつけの居酒屋にやってきたのは何時間前か。

気がつけばもう0時を回ろうとしている。

「あの、原田さん、私そろそろ・・・」

あっという間に過ぎてしまった時間に、しまったと思ってももう遅い。

結局土方さんのことは聞けなかった。

「ばーか、奢られとけ」

「でも・・・っ」

財布を取り出した彼女にそう言ったが、申し訳なさそうな顔をして財布をしまおうとしない。

「女は素直な方が可愛いぜ」

「・・・ご、ごちそうさま、です」

深々と、テーブルに頭がつきそうなくらい頭を下げた彼女が、本当に真面目な女なんだって思った。



会計を済ませて外に出ると、この季節には珍しい、冷たい風が酔を覚ますように吹き抜けた。

駅前のロータリー近くの喫煙所、一本だけ吸わせてくれと、彼女を引き止めた。

終電までは、あと10分、らしい。



咥えたタバコをそのままに、火をつけようとポケットを探りながら彼女に声をかけた。

「昨日も終電で帰ったのか?」

「え・・・?」

やっと火を点け、ふっと煙を吐き出しながら、ぼんやりと街灯を眺めた。

「いや、その、見ちまってよ。土方さんと歩いてんの」

彼女の表情を見るのは少し怖かったが、真実を知るには、見ないわけにはいかないと、ちらりとその表情をうかがった。

「・・・終電、よりも前に帰りました」

安堵のため息を、タバコの煙とともに吐き出した。

「・・・そうか。悪いな、今日遅くなっちまって」

「いえ、そんな。気がついたらこんな時間で」

「俺と居て、楽しかったか」

「・・・・・・あ、」

はい、という言葉は聞こえなかったが、慌てて何度も頷いた彼女に、期待する。

「そりゃ、良かった」



そろそろ、多分、時間切れだろう。



「あの、また・・・一緒に飲みに行ってくれますか?」

「俺はいつでも、大歓迎だぜ?」

「・・・良かった」

「ほら、時間・・・・・・」

「私、心配だったんです」

そろそろ行かないとまずいだろうと言いかければ、それを遮って彼女が急に、話し始めた。

また今度話そう、そんな空気でも無かったから、とりあえず黙って彼女の話を聞くことにした。

俺は別に、終電なんてどうでもいい。逃してくれたって、構わないんだ。

「・・・飲みに行こうって言ってくれたのに、なかなか誘ってくれないから、もしかして嫌われたんじゃないかなって」

「なに・・・」

「それで、あの・・・・・・昨日土方さんに、相談、というか・・・原田さん、私のこと、どう思ってるのかなって・・・」

「なまえ・・・?」

「そしたら、ちゃんと自分で聞いてみろって言われて。俺が見てる限りだと、大丈夫だからって。

お、お酒の力・・・借りて、ですけどっ、本当は・・・・・・、私すごく嫌な女で、今だって終電なんてなくなっちゃえばいいって・・・っ」

彷徨わせていた視線が、俺を真っ直ぐに捉えた。

不安そうに揺れる瞳と、酒のせい、ってわけでもなさそうな、真っ赤に染まった頬。





馬鹿だな、俺も、お前も。




「は、原田さんっ・・・!?」

抱きしめて欲しい、そんな瞳で俺を見上げたのはお前だろう。

そんな風に驚くのは、反則じゃねえのか?

「終電、何時だって?」

「えっと・・・・・・あと、・・・・・・ん・・・」

身をよじって腕時計を確認しようとした彼女に、強引に口付けた。

こいつは真面目な奴だと思ってたんだが、俺もまだまだってことだな。

街灯から少しそれた暗がりで、夢中で重ねた唇。

終電もなくなった駅前は、閑散としている。

他に人影もない。周りなんて気にする必要がない。募らせた分、こっちは溜まってんだ。

わざとらしく音を立てて唇を離せば、とろけた瞳が俺を見上げる。

「さて、お前の思惑通り、終電なくなっちまったな。どうする?」

「どう、って・・・・・・別に、タクシーでも・・・帰れます」

俺ん家に来いと言われるとでも思っていたんだろう。意地悪なその質問にふてくされた顔をしてそう彼女が答えた。

「ばーか」

「きゃっ・・・」



今度はキツく、彼女を抱きしめて、耳元で囁いた。




「誰が帰すって言った?惚れさせたんだ。一生かけて責任とれよ」





俺が一生かけて幸せにしてやるから。




END

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