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「うん・・・なんか・・・・・・雰囲気があるね」
「つーか、やっと着いたと思ったら、駅からバスで1時間とか超遠いって」
「すぐに院生の発表が始まる、さっさと荷物を置きに行くぞ」
大学から離れた、田舎のさらに奥地。たった今たどり着いたこの場所で、2泊3日のゼミ合宿が始まる。
正直僕は土方さんのゼミには入りたくなかったんだけど、どうせ他に行きたいと思うところもなかったし、面倒だからと一君たちと一緒にした。
大学3年。まだ論文のテーマすら決めていない。発表を聞くだけでも勉強になるから、と言われついてきたようなものだ。
そして今日は、着いて早々院生の修士論文の中間発表。
「やっぱ田舎の空気は綺麗でいいねー!そして涼しい!」
僕らの後からバスを降りてきたのは、今回の合宿を手配してくれた院生の“みょうじ”さんだ。
うん、と両手を伸ばして、固まった身体をほぐしている。
彼女とは、正直これまで全く面識なんてなかったけれど、合宿の細かい連絡だとかを一人ひとりに回してくれていたから、院生の中でも彼女とだけは少し交流がある。
それは多分、僕以外の全員にも言えることだと思うけど。
日程の連絡が最初に来たとき、幹事大変ですね、なんて労いの言葉をメールで送ってみれば、顔文字付きでメールが返ってきた。
わざわざ院まで行っている人だから勉強好きなんだろうなと勝手にイメージしていたせいで少し驚いたけれど、本人に初めて会った時に納得した。
背は僕よりも少し低いくらい―――女の子の中ではかなり高いほうだと思う。
どちらかというと、研究よりも活発に動いている方が似合いそうなくらい、すごく明るく笑う人だった。
サバサバとしたその性格は、接しやすくて、多分、彼女じゃなかったらわざわざ参加しようとも思わなかったかもしれない。
「あ、沖田くん!・・・あれ、ちゃんと買ってきたよ」
「本当に?土方さんに怒られても知りませんよ」
「あ、ちょっと!なにそれ、言い出しっぺが知らないふりするわけ!?・・・いいよ、じゃあ沖田くんは不参加にする」
「そんな子供みたいな―――」
「みょうじ!」
「え?あ、はーい!」
言いかけた僕の言葉を遮って、彼女の名前を呼んだのは土方さんだ。
僕との会話を放って、呼ばれた方へとすぐに向かう、彼女の後ろ姿を眺めるのはもう慣れてしまった。
そんな彼女を待っても意味がないことは既に学習済みだから、僕は少し遅れて一君たちのあとに着いていった。
14時から17時まで、みっちり院生の発表を聞かされた。もちろん、途中休憩はあったけれど。
正直なところ、つまらない。興味も無い。小難しい言葉も説明も、右から左。ちっとも頭の中に入りはしなかった。
けれど、みょうじさんの発表だけは、話し方も上手いし、面白くて、聞き入ってしまった。
彼女の声も話し方も、僕は好きだ。
それに気がついたのは、一度だけ、合宿の連絡の時に電話を入れたとき。
メールでも良かったんだけど、ちょうどその日、初めて彼女に会って話したから、電話をするのに抵抗はなかった。
そうしたら、思いのほか無駄話が多くなってしまって、長電話になったっけ。
『だからさ、それは土方先生に聞きに行きなよ、あの人、面倒くさいけど案外面倒見は良いんだよ?』
「・・・・・・面倒臭いのだけは認めます」
『っ・・・・・・』
「みょうじさん?」
『や、あの・・・・・・ふふ、土方先生、可哀想だなって・・・あはは!』
「絶対思ってないですよね?」
『あはは!ダメだ、お腹痛いっ・・・!』
飾らない、彼女の電話越しの声に、ドキドキしていた。
それから1週間くらい後だった気がする。レポートの資料集めにと大学の図書館に行った僕は、偶然彼女に出会った。
僕を見るなり目を丸くして、「意外すぎてびっくりした」なんて言われてしまった。
「失礼なことさらっと言いますね」
「沖田くん程じゃないよ」
「ひどいなぁ」
もちろん、嬉しくないわけないし、せっかくだから今日飲みにでも行きませんか、なんて誘おうとした瞬間だった。
「みょうじ」
「あれ、土方先生?」
おそらく僕が邪魔をして見えなかったのか、ちょうど僕の後ろに土方さんがいたのか、ほんの少しだけ身体を傾けた彼女が、土方さんの名前を呼んだ。
「珍しい。探し物?」
「いや、お前を探してた」
「私?」
「10分、良いか」
「うん、良いけど」
なんだろう。
先生として接しているように見えない彼女の受け答えに僕は少しだけ違和感を覚えた。
完全に僕は蚊帳の外。
その場に居づらくなってすぐに図書館を後にした。
一歩外に出れば、嫌味なくらい太陽は真上で輝いていて、ただそれだけで僕の体力を奪っていく。
うだる様な暑さの中、僕はなるべく日陰を選んで、校舎に隠れた。
彼女を好きになりかけている、そう思っている時点で多分もう好きなのかもしれないけど。
どうしても、土方さんとの関係が気になってしまって、僕から彼女に連絡するのはその日からできなくなってた。
“明日から、よろしくね!”
“発表、頑張ってくださいね”
そんな、差し障りのないメールしか、返せなくなってた。
「えーっと、それじゃあ、一応お酒も用意しているので、遠慮なくどうぞ」
「みょうじ、ちょっと待て。あー・・・頼むから遠慮はしてくれ、自分の家じゃないんだからな」
ほんの少し、青い顔をした土方さんに「大丈夫、皆大人だから」なんて軽く言い放った彼女は、土方さんにグラスを押し付け、ビールを注いでいた。
「っの野郎、俺は飲まねえって・・・」
「いいじゃない、今日くらい!ほらほら!ね!先生!」
グラスの底を持ち上げるように無理やり土方さんに飲ませようとする彼女のいたずら顔がとんでもなく可愛くて―――でもその相手が僕じゃないのが悔しくて、目の前の食事に箸を伸ばした。
「結構メシ豪華だなー。しかもうまいし」
両頬に目一杯ご飯を詰め込んだ平助君が隣でなんか言っていた。
「なあ、総司、全然食ってねえじゃん」
「え?」
「食欲ねえの?俺食ってやるから遠慮なく残せ!」
「え、うそ、沖田くん体調悪い?」
平助君の言葉を適当に聞いていれば、大好きな声が僕の名前を呼んだから慌てて振り向いた。
まさか、みんなに注いで回っていたんだろうか、瓶ビールを片手に心配そうな顔で僕を見下ろしている。
「無理しないでね?なんなら先に休んでも・・・」
・・・・・・体調が悪いわけではない。
彼女が介抱してくれるなら仮病でも何でも使ってしまいたいとも思うけれど、迷惑をかけるなんて余計に出来るわけが無い。
「いえ・・・大丈夫ですよ。すみません」
「そう?なら良かった。君も、ご飯おかわりしてね?」
「よっしゃーーー!」
「平助、食べながら喋るな」
一君に怒られて、両手で口を押さえて“悪ぃ!”ともごもご喋っていた平助君を見ながらみょうじさんが笑ってた。
・・・・・・彼女の笑顔は、心臓に悪い。
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