「あの、私っ・・・土方さんが、好き・・・です」

やっと言えた。

会社でいつも顔を合わせる私の誘いを断りもせず、こうして重ねたデートも何度目か知れない。

恥ずかしかったけれど、俯いてしまえば彼の表情がわからないからと、ずっと瞳を見つめたまま言った。

・・・脈は、無くはないと思っていた。

けれど、彼の答えは決まっていたのか、少しだけ驚いた顔を逸らして、

「みょうじ・・・・・・悪いが、俺はお前の気持ちに応えられねえ」

申し訳なさそうに、そう言ったんだ。



alongside



「・・・・・・あー、最悪」

昨日家に着くなり、シャワーを浴びながら大声で泣いた。

泣き腫らした目を冷やしたはずだったのに、足りなかったかな。

まぶたがありえないくらい腫れている。

「ぶっさいくだなー・・・あはは」

鏡を見ながら笑い飛ばそうとしたって、結局また涙が溢れてくる。

明日から、どんな顔して会えばいいんだろう。

「ああ、もう・・・」

腫れが引かないのに私はまた、結局顔を歪める。




入社したてで、わけもわからなかった頃は、忙しそうな皆に声を掛けることが出来ず困っていると、「どうかしたか」なんて、彼から声を掛けてくれた。

こんなに忙しいのに、ちゃんと周りのこと見てくれてるんだ、なんてちょっと怖そうだと思っていた彼の印象が変わった。

それからはたぶん、事あるごとに土方さんに声を掛けていた気がする。

無意識に、彼ばかりを頼るようになっていて、気がつけば彼をずっと目で追っていた。


「土方さんの、どこがそんなに良いの?」

「お、沖田くん!?え!?」

「大好きです、って顔に書いてあるけど」

「は、はぁ!?そっ・・・・・・そんなこと」

「素直じゃないだけ?それとも、本当に気づいてないわけ?」

「・・・・・・」


気付いてなかった。

ただ、優しいなって、信頼できるなって、思ってた。

これが好きかどうかなんて、そんなの、違うんじゃないかなって。

でも、土方さんに声を掛けられるだけで、何か頼まれるだけですごく嬉しいし、ドキドキしてる、それに気づいてしまった私は、認めざるを得なかった。





「みょうじ」

「は、はいっ」




ほらね、心臓はウソをつかない。


私、土方さんのこと、好きなんだ―――





それがわかればもう、進むしかない。

黙って待っていることができない私は、とにかく土方さんに意識して欲しくて、今まで以上に声をかけた。

そして最初のデートのきっかけに持ち出したのは“土方さんと同い年の兄の誕生日プレゼントを選んで欲しい”と。

もちろん、兄のことは嘘ではなかった。けど、別にそんなに真剣にプレゼントを選ばなければいけないわけではない。そもそも、いつもあげていないのに。

ただ、これでダメだと言われたって、別に私自身そこまで傷つかないだろうなって思って、断られることを覚悟で声をかければ、

「俺が?・・・そうだな、参考になるかは分からねえが」

そうして、その場で日程まで決めてくれた。

もちろん次は、“兄がお礼にいい店を紹介してくれた”とか、それから毎回毎回、理由をつけて私から土方さんを誘っていた。

デートの度に、会社で見たことがないような顔をする土方さんを独り占めしていることに、少しだけ優越感を感じながら彼の隣を歩く。

「って、この間沖田くんが言ってましたよ」

「ったくあの野郎・・・」

「あはは」

そう言いながらも、優しそうに笑う彼のことを、会うたびにどんどん好きになって、そしてついに、溢れ出した思いを告げてしまったのが、昨日。




「で、ですよね。ごめんなさい、急に、あの・・・会社では普通で居てくださいね!えっと・・・ありがとうございました」

「みょうじ・・・・・・」

「では、また・・・月曜日に」

ぺこりとして、早足で地下鉄の階段を駆け下りた。

もちろん、私のことを土方さんが追いかけてくるわけなんてなくて。

泣きそうになるのを必死でこらえながら、私はひとつ、深呼吸をした。





「おはようございます!」

なんとか瞼の腫れは引いた気がする。

「みょうじ・・・」

「あ、土方さん、おはようございます」

にこりと彼に微笑んで、私はバッグをデスクに置いた。

土方さんと目を合わせていられなくて、パソコンの電源を入れると、すぐにトイレに向かった。

「・・・・・・普通でなんて、いられないよね」

彼にそう言ったものの、結局自分の方が無理みたいだ。

早まってしまったかな、とも思ったけれど、いつかはこうなるなら、早いほうが良い。

期待してずるずるとずっと思いを寄せていて、でも結局通じないなら、これでいい。

気持ちを切り替えて、とりあえず、仕事はちゃんとやらないと。

「よしっ、がんばろ」




それから、何日経ったかわからないけれど、もちろん私の失恋の傷なんて癒える訳ない。

でも、土方さんと前みたいに、話せるようにはなった気がする。

「みょうじ、この間の企画書なんだが」

「あ、はいっ」

それに、すぐに気持ちを他に向けることなんてできるわけもない。

だから私はまだ土方さんのことが大好きで、まだドキドキする。

前みたいに笑えてるのかはわからないけれど、こうしていると、あの告白は夢だったんじゃないかとさえ、錯覚する。

でももう、私から土方さんを誘うことなんてできない。


気まずい思いをさせてしまって申し訳ないなって、本当に私、思ってるんですよ?






「みょうじ、ちょっと良いか」

「はい?」

さて、今日はビールを買って帰ろう、と思った金曜日。

就業後に声をかけてきた土方さんに連れられて、会社の屋上にやってきた。

もう俺を見るのやめろとか、好きな奴ができたんだとか、いやむしろ、彼女ができたとか、彼に何を言われるだろうかと考えながら、その大好きな背中についていった。




「お前、俺なんかのどこが良かったんだ」

そう言うと、少しだけ風が吹いているその場所で、ライターに手を添えながらタバコに火をつけた。

そのなんでもない仕草にすら、ドキドキしてしまう。

「・・・・・・最初は、怖そうだなって、思ってましたよ?怒られるんじゃないかなって思ったし、声だって掛けづらかったし」

「・・・・・・良いとこ、全然ねえじゃねえか」

なんだよそれ、と眉間に皺を寄せながら、苦笑いをこぼした。

「でも、優しいんです、土方さんは」

「俺が?」

「ちゃんと、みんなのこと見てる。いろんなことに敏感で、気づいてくれる。だから、信頼できるし、してほしいと、思うんです」

私の言葉をこうしてちゃんと聞いてくれるのも。

でも正直、振られた相手になんでこんなこと言わなきゃいけないのかな、とも思う。

「それで、気がついたら、土方さんにもっと頼ってほしいと思って、そうなれるように仕事も頑張ったんですよ?」

黙って私の言葉を聞いている土方さんを見ていられなくて、泣きそうな、か細い声しか出てこない。

「気がついたら、土方さんばっかり見てた。あなたしか、見えなくなってた・・・」



だめだ、もう、限界・・・・・・



「ひ、土方、さん!?」

「・・・悪かったよ」

「あのっ・・・・・・」



タバコの、匂いがする。

抱きしめられた彼の腕の中。

訳もわからなかったけれど、とにかくじっとしていることしかできなくて・・・・・・否、たぶん、嬉しかったんだ。

それが慰めだったとしても。


「みょうじが、無理に笑顔作って帰ったあの日も、それから会社で顔を合わせた時に同じように笑った時も、感じたのは罪悪感だったと思ってた」

「・・・・・・」

「いつの間にか、当たり前にそばに寄ってくるお前が、急に来なくなったのも、俺のせいだって分かっては居たが、不安だった」

だんだん、抱きしめる腕に力がこもる。

それから、聞いたことのない、自信のなさそうなその声に、どうしてかわからないけど、彼の背中に腕を回した。

たぶん、ちゃんと聞いてるよって、伝えたかったんだと思う。



「俺も、お前ばっかり見てたんだろうな。



気付くのが少し、遅くなっちまったが・・・俺にはお前が、必要なんだ。




好きだ、なまえ」



「・・・・・・っ」



「泣かせた責任、取らせてくれるか?」



私の返事を待たずに、彼は私にキスをした。





END


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