「楽しかったー」
お鍋とお酒で温まった身体がまだ冷え切る前。
斎藤くんの家を後にして、沖田くんと二人終電に乗り込んだ。
ほろよい気分の私とは正反対で、何だか少しふてくされた顔をしながら「そうだね」と頷いた彼が何を思っているのか分からない。
「あ、じゃあ私ここで・・・。バイバイ」
そうして電車を降りて手を振った私を追いかけるように沖田くんが降りてきた。
「・・・・・・送って行くよ」
「え、ちょっ、終電!!」
「歩いて帰るから平気。酔っ払いがちゃんと家に帰れるか確認しないとね」
「・・・もう、私、そんなに酔っ払ってないよ?」
でも、せっかくだから沖田くんのその優しさに甘えてしまおうと、二人で改札を抜けた。
しんとした住宅街に、二人の足音が響く。
肩を並べて歩く、触れそうな距離に私の心臓の音も、響く。
続く沈黙にどうしていいか分からなくて、思いきって話を切り出してみた。
「さ、斎藤くんって鍋奉行だったんだね。でもちょっと納得」
彼を見上げてそう言うと、ちらりと一瞬私を見下ろした視線は、またすぐに前を向いてしまった。
「・・・・・・なまえちゃん」
「うん?」
急に立ち止まって、真剣な表情を見せた沖田くんが私の名前を呟くように呼んだから、私も足を止めて彼を見上げた。
「いいから」
「な、なにが?」
「・・・わざわざ一君の話とか、しなくていいから」
何か気に障る事を言ってしまったのだろうか。少しだけ、冷たいような視線。
「ど、どうしたの?」
「君はさ・・・」
一歩。
距離を詰めて、冷えた私の頬を包み込んだ彼の両手。
「僕のことだけ見て」
私を見つめる彼の瞳に、街灯の光が射す。
自信たっぷりな言葉に聞こえたけれど、それは不安気に揺れていた。
「・・・・・・私ずっと、沖田くんしか見てないよ」
私の言葉に柔らかく微笑んだ彼が、唇を重ねたのに気がつかなくて。
「い、いい、いいいい今、・・・!?」
「何?もう一回、して欲しいの?」
私の唇を親指でなぞって、ニヤリと意地悪く笑った彼は、目を閉じると今度はゆっくり唇を寄せた。
それは一瞬の出来事だった
唇が離れたのに気付いて、ゆっくりと瞳を開けると、ぎゅうときつく私を抱き締めて、沖田くんが囁いた。
「・・・よくできました」
END
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